信じたい - 2003年07月13日(日) 8時半。少し遅れるってデイビッドが電話をくれる。 わたしのアパートのドアをノックするのが聞こえて、開けたら大家さんの奥さんのシャーミンが「男の人があなたを尋ねて来たわよ」って嬉しそうに2回繰り返した。玄関のドアに迎えに出たら、頭にブルーのバンダナを巻いた白いTシャツとブルージーンズのデイビッドがいた。いつもより素敵に見えた。 「猫たちは?」って聞くデイビッドに、ベッドルームに入れてたチビたちを紹介する。チビたちはいきなりデイビッドにじゃれつく。お兄ちゃんチビは男の人が大好きだからわかるけど、シャイな妹チビまでデイビッドにくっつきまくった。こんな人なつっこい猫たち初めてだよ、ってデイビッドは言った。「ほんとに世界一いい子の猫たちだ」「でしょ? あたしが言ったとおりでしょ?」。前に、うちのチビたちは世界一いい子の猫たちなんだよ、だってあたしの猫たちだから、ってわたしは自慢してた。 ベッドルームでちびたちと遊ぶデイビッドをダイニングテーブルに呼ぶ。 デイビッドは食べることが大好きで、お料理の仕方とか食材の質とかそういうことにウルサイからちょっと緊張した。お魚がメインの日本食を用意してた。 青りんごとオレンジとメスクランのサラダには、レモンと生姜とオリーブオイルのドレッシングを作って松の実を散らす。焼き茄子には赤ピーマンと青ピーマンをグリルしたのを添えて、お味噌で作ったソースをのせる。フラウンダーは3種類のきのこと一緒に白ワインと醤油と昆布だしでホイル焼きしてシラントローを飾りと香りにのっけて、仕上げに山椒を胡椒挽きで挽いて乾燥ゆずを併せてかける。玄米ごはんは白ごまを炒ったのと味付け海苔を細く切ったのをのっける。それから、冷たくしたジャスミン・ティー。デザートはホームメイドの抹茶アイスクリーム。デイビッドが好きって言ってたから。 デイビッドは興味深げにひとつひとつレシピを聞いてくれた。どれも驚いてどれも美味しいってすごく誉めてくれた。合格。嬉しかった。 ごはんを食べてるあいだ、デイビッドはいろんなことわたしに聞いた。過去の恋人とふたりの夫のこと、わたしの男友だちのこと、わたしがデイビッドとのことをどういうふうに考えてるか、将来もう一度結婚したいか、そういうこと。ふたりともおしゃべりだから、話は途中でどんどん違う方向に行って戻って来なかったりした。でも、いつもわたしの頭の中にあるいろんなことを少しは伝えられたと思う。 わたしは結婚を求めてないけど、「結婚はもういい」とも今は思ってない。結婚はゴールでもエイムでもなくて、もしもそういうときが自然に訪れたなら受け入れる。わたしがいつも欲しいのは、先の約束じゃなくて今の安心。一緒に過ごす楽しい時間だけじゃなくて、それ以上の何か。「シリアスな関係」ってのをデイビッドにも聞いた。デイビッドもやっぱり、それは結婚を意識することって言った。「お互いにとても好きでいつも気にかけて大切に思い合って、そういう気持ちをその人だけに持ってるっていうのは、シリアスじゃないの?」「シリアスな関係って人が言うときは、それは結婚を考えてつき合ってるってことを意味するんだよ」。それが一般の定義なんだ。それならわたしとデイビッドは「シリアスな関係」じゃない。Dr. スターラーが答えてくれたことを話した。デイビッドのことを聞いたってのが明かだったけど。「賢い人だね。きみはその人の答えに納得した?」。納得したって言えばよかったのに、わかんないって答えてしまった。 わたしはこのあいだから、2回メールで「I love you」を書いた。半分ふざけて、半分大好きの意味を込めて。デイビッドは怖くなったって言った。「なんで? あたしがチビたちに言うのとおんなじだよ」「猫に言うのとは違うよ」「でも大好きな友だちに言うのともおんなじだよ。ナターシャに言うのともおんなじだけど」「ならいいけど、I love you はとても強い言葉なんだよ。結婚したいのかなって怖くなった。僕はきみのことがとても好きだよ、ほんとに大好きだよ。だけど『愛してる』って言えるほど、まだお互い知り合ってない」。 シリアスな関係 = I love you = 結婚。 そういう図式になってるんだ。知らなかった。「I love you」って書いたのは、ほんとに大好きな友だちに抱きついて言うのとおんなじ意味だった。うんと昔、まだ日本にいたころ、アメリカ人の友だちが「日本人は愛してるを簡単に言い過ぎる」って言ってたのを思い出す。ペットにも友だちにも家族にもよその赤ちゃんにもよその子どもにも、「I love you」をたくさん言うのは英語のカルチャーのはずなのに、好きな人には「I love you」をそんなに簡単に言っちゃいけないんだ。「シリアスな関係」じゃなければ。 「きみは僕の生涯の友だちになれる? もしも僕が誰かと結婚したとしても、ずっと友だちでいたいと思える?」。突然そんなこと聞かれた。答えられなかった。黙ってた。また友だちを祈らなきゃいけなくなるの? 初めて言葉で「とても好き」って言ってくれたのが嬉しかったのに。シリアスな関係じゃないから? チビたちがデイビッドにこんなになつくのを、毎週木曜日にわたしの服にも髪にも肌にもわたしがつけて帰るデイビッドの匂いをチビたちが知ってるからだってデイビッドは言った。わたしにするみたいに両手でデイビッドの腕をカリカリ引っ掻くまねをしてはふにゃっとその腕に顔をすり寄せる妹チビを抱き上げて、わたしは言った。「もうひとつ理由があるんだよね、チビ。この子があなたを好きなのは、あなたがあたしを好きだからよ」。「そうだね。そのとおりだよ」ってデイビッドは微笑んだ。 「You have to trust him」。気持ちのコミットメントを、Dr. スターラーはそう言った。信じたいよ。 11時半にデイビッドは帰った。とてもとてもとても優しいキスを3回くれた。今までで一番素敵な、愛情いっぱいのキスだった。 信じたい。 -
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