faith - 2003年06月17日(火) なんでカダーじゃなかったんだろうって思う。 ゆうべも電話をくれた。 車のこと、心配してくれてた。 うちにいなくてごめんよって言ってくれた。 わたしはこのあいだデイビッドのうちで見たニュースの、カダーの国で起こった悲しい出来事の話をした。20人の子どもたちが殺された。カダーは「毎日がそんなだよ」って笑った。「なんで子どもたちが巻き込まれなくちゃいけないの? 悲しすぎるよ」「悲しいよ。だけど毎日そうなんだ」「いつになったら終わるの?」「永遠に終わらないよ」。悲しかった。なんでもないみたいに言うカダーの言い方が、返って悲しかった。でもなんでもないみたいに聞こえるのは、それはカダーがほんとは自分の国の幸せを信じ切ってるからなのかもしれない。 デイビッドは、小さな子どもたちに自殺を教えるモズリムたちを許せないって言ってた。 「ほかにニュースはないの?」って聞くからベリーダンスを誉められたことを話したら、いいニュースだねえってものすごく嬉しそうに言ってくれた。声がひっくり返るくらい喜んでくれた。 バイブルを読むたびに、カダーのことを想う。 わたしはもう少しのところで、まだジーザスに手が届かない。 人はときどき自分の中にジーザスがいることを忘れて、だからバイブルを読み、教会に行き、ジーザスへの愛とジーザスの愛を確認して満たされるのかもしれない。わたしはいつもいつもジーザスの存在を考えているけど、まだ神さまとジーザスは完全に結びつかない。もう少しのところなのに、頭がまだ邪魔をする。 カダーはバイブルを読まなくても教会に行かなくても、何も意識することなしにジーザスとひとつになれてる人だと思う。真面目にジーザスのことを話したりしないから、よけいにそれがわかる。 なんでカダーじゃなかったんだろう。 サルサのクラスの友だち数人で、ミッドタウンのクラブにサルサを踊りに行く予定だった。 ディディーって言う男の人がアンナのうちからわりと近いところに住んでて、今日のプライベート・バイブルスタディが終わってから、アンナんちから3ブロック離れたとこにあるドラッグストアの前まで車で迎えに来てくれた。モニカから行けなくなったってディディーに電話があったらしくて、クラブで落ち合う筈だったあとの人も来なかった。結局ディディーとふたりで1時まで踊った。 クラスでもいつもそうだけど、ディディーはよくわたしの足を踏む。今日も何度も踏まれた。それより、クラブはとても混んでて、よそのカップルの男の人に思いっきり足をぶつけられたのが痛かった。ほんとにものすごい勢いでふくらはぎを蹴られて、しばらく踊れなくて椅子に座ってた休んでたほどだった。 ダンスは楽しかった。ディディーはとても上手だし、ライブの音楽もとてもよかった。 だけどディディーは自慢話ばかりするから、踊ってるとき以外はたいくつだった。仕事の自慢話ほどたいくつでつまらない話はない。帰りの車の中で、わたしはあくびばっかりしてた。 デイビッドに会いたいなあって思ってた。 デイビッドは絶対にわたしをたいくつになんかさせない。 デイビッドも、どんなに疲れててもわたしのおしゃべりを聞くと元気になるって言ってくれる。わたしの笑い声を聞くとものすごく安らいだ気分になるって言ってくれる。「みんながそう言わない?」って言うから「言わない」って答えた。 カダーはわたしの笑う声が大好きだっていつも言ってくれた。でも安らぐとは言わなかった。 なんでカダーじゃなかったんだろうって思う。 ジーザスの愛を、言葉じゃなくてこころで教えてくれる人なのに。 バイブルよりも教会よりも、ジーザスの愛を教えてくれるのはカダーなのに。 デイビッドの包み込んでくれるような愛情に、わたしは飛び込もうとしている。 だけどひとつだけ、気になることがある。 それがほんの小さなことなのか、とても大きなことなのか、わからないでいる。 デイビッドにとってはとても小さなことみたいで、そういうデイビッドがとても大きくて暖かいと思うのに。 -
|
|