イタズラ電話 - 2003年05月21日(水) 2日間、夏日みたいに暑かったのに、今日はまた雨が降って寒かった。 今日はサルサのクラス。 今日でアドバンスド・ビギナーのレベルはおしまい。習ったステップとターンを全部おさらいして、音楽かけっぱなしで自由に踊る。わたしは J-ターンの一回転半のあときちんと止まれないで、それがちょっとくやしい。でも楽しかった。 終わってから、マンハッタン界隈のダンス・スタジオの情報交換を、先生交えてワイワイやる。夏になるといろんなスタジオでいろんなイベントするらしい。だからこのあいだのこのスタジオのサルサ・パーティにも、上手な人たちがあんなにたくさんあちこちのスタジオから来てたんだってわかった。7月にはリンカーン・センターで、うちの先生主催のメレンゲ・パーティがあるって。屋外だからそこらへん歩いてる人たち誰でも参加出来て、毎年すごい人数になってクレイジーなんだって。おもしろそう。ジェニー誘ってみよう。メレンゲなら簡単ですぐ踊れるし。 駅から電話してみた。デイビッドったら出ない。 たくさん踊ってお腹空いたし、明日はお休みだから晩ごはんに出て来ないかなって思ったのに。 あんまりお腹が空いて、地下鉄降りてから、うちの近所のパキスタン・インディアン・アンド・バングラディッシュ・レストランでテイクアウトすることにした。ブルースが「小汚いけどめちゃくちゃおいしい」って薦めてくれてたとこ。サフランの黄色くて甘いごはんとチキンのカレーを注文したら、チキンのカレーにはこっちのごはんの方が合うよって言われて、ビーンズのはいった白いごはんにする。それからナンを一枚焼いてもらったら、グリーンサラダをつけてくれた。 「電話してね」ってメッセージ入れたのに電話は来ないで、メールが来てた。「African story...」ってタイトルで、なんだろって開けてみたら、長いアーティクルだった。10年以上前に、南アフリカの白人の家庭から、6歳のぼうやがその家で働いてた黒人のワーカーに誘拐されたまま行方不明になってて、18歳になったその子が幼いときのうろ覚えの記憶と育てられた黒人の両親をほんとの親じゃないと思い続けてたことを、奴隷のように扱われてたその家を出て補導されたときに警察官に話したこと。南アフリカの新聞にそのことが記事になって、写真を見た生みの母親が、探し続けた息子がやっと見つかった、信じてたとおりちゃんと生きていてくれた、と名乗り出たこと。今南アフリカの警察で DNA 鑑定が行われてること。それから、黒人と白人の問題。その頃のアパルトヘイトの条例。 なんでそんな記事を送って来たのかわかんないけど、デイビッドがそういうことにセンシティブなことはわかる。何もメッセージがなかったから、返事は書かなかった。明日もう一度電話しようと思う。 あの人の電話の約束の時間になって、かけた。 約束の時間なのにあの人は眠たくてちゃんとしゃべられないって言う。それからわたしが起きる時間を聞いて、わたしが明日はお休みだって言ったら「じゃあ僕が電話で起こしてあげるよ。イタズラ電話していい?」って言った。 「イタズラ電話って何? エッチ電話?」 「それは内緒。それ言ったらイタズラ電話の意味がなくなるだろ?」 「『イタズラ電話していい?』って聞いてる時点でイタズラ電話の意味ないじゃん」 「それはいいんだよ。ねえ、イタズラ電話していい?」 「だから、エッチ電話ならいい」 「だから、それ言ったら意味なくなるって。イタズラ電話していい?」。 だから、それイタズラ電話じゃないって。 早く眠ろう。 明日、あの人がイタズラ電話で起こしてくれる。 わくわくする。わくわくして眠れそうにない。 -
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