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■ 度合い
悪く考えすぎだ
と、人は私をそういうけど
そうかもしれない、そう想うけど
でも・・・
やっぱり感じるのだから それはその通り否定しないでおきたい。
そうしないと自分を責め続けて自爆する。
ある意味「自分は正しい」と想わなければ
自分自身を見失うことはあるだろう
だから人のせいにもするし 自分を曲げないんだと想う。
そういう度が過ぎる人間は
時にとても迷惑な人間だと想う。
これはしてはいけないことだとか これをしたら人には迷惑とか傷つくとか
そういったことを感じるのが強いんだと想う。
だから、考えすぎだといわれるのかもしれない。
自己否定できないから
かな…
結局灯台下暗しで
自分自身のことが一番見えないんだよね。
懸命に生きていたとしても
どういう姿で人の目に映っているのかは
本当に解りはしない。
それに怯えている自分自身。
考えても考えても
気にしてもキリはない。
何もかも忘れるということが
幸福なことなんだろうに。
最近の私はとても怯えている。
耐えるので精一杯で
もう、我慢の限界に来ている。
どうしようもない感じがする。
こんなにも
こんなにも
こんなにも・・・
ストレスが多大なのは
自分自身のせいだと解るけど
感じすぎるからだと解るけど
もう耐えられなくなってきている
今在る生活総てに関わることが
やることなすことが
総て心に多大な負担を与えるようになってしまった。
ええ、
普通の生活なのです。
大衆にとって普通の生活というのが
私にはするには大変なことになってきている。
もうそんな自分で在ることが
いつまで耐えられるんだろう?
そうして
人に頼りたくても
愛して欲しくても
私は今
それを人に頼りすぎたのかもしれないと
自分自身を責め
ひとりで居ようとしている。
2004年10月07日(木)
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