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■ 「もう誰も愛せない、恋しない」なんて、いえない。
人間に裏切られてできた傷は、 人にとって大きなものになる。
大体、傷はそれで出来るのかもしれない。
私は人にどう映っているのでしょうか?
どういう人間にここから見えるのだろうか?
いつもいつもそう想って、気を張ってる。 それで精神を使い果たし、疲れきって、 何もかも切りたくなる時が来る。 そんなのの繰り返しだった。
サザンの音楽が流れると、彼を思い出す。 痛む、胸が痛くなる。 あんなに心ときめかせていた音楽も 彼が私を口説くために歌った音楽も 今では心が痛むだけの不快なものになってしまう。
本当に心が強ければ 泣いていたとしても明るく笑うことが今後出来るだろう。 どんな傷を付けられても、生きていけるだろう。
愛を捨てないだろう。
愛することを恐れず 愛されることを恐れず 人を愛する。
「愛」なんて言葉を、昔は臭くて使えなかった。
愛していると人に言えなかったのは 私が愛していないからだった。 自分をも。
ポルノの「サウダージ」
よく聴くのは私の失恋の歌だから。
恨みます。 美しくなど思えない。 憎むし殺したい。
幸福など与えないで欲しい。
正直な気持ち。
だけどそう想ったことに私は後悔しない。
絶対にこれは間違った心だと私は思えない。
この残る想いは、 恨んでいるってことは 傷ついたってことは
純粋に愛した跡じゃない?
自分を慈しんでいるから、大事だと想うから 傷ついた相手が憎いと想うんじゃないだろうか。
大事なものを傷つけられたら、怒るでしょう。 哀しいでしょう。 いつまでも依存するでしょう。
あの人を恨んで固執するのは、愛していたからだった。 あの人の周りを恨むのも この傷に泣くのも 私が自分を大事だと想っているから。
それが奥底に在ることを気づいて脱皮できれば、いいね。 人生そう感嘆にはいかなくて 頭でわかってても心は離れてくれない。
でも気づいた。
外から私はどう見えるか知らない。 人を知って、私も気づいた。 傷をひきずって、憎む気持ちは 奥底に自分の大事なものが隠れているからだと。
愛したいんじゃないの?
心の中で私が言った。 そして私は運転しながら「サウダージ」聴きながら、泣いた。
気づいた。
人は怖い 人は憎い 人は恐ろしい 人は傷つけるもの
だけど
それでも、人を愛したい。
2004年05月15日(土)
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