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■ どんな深い傷がついても、生きていける。
昨日、亡くなった友達のお母さんから 24歳のバースディプレゼントが届いた。
私と同じ生年月日の彼のお母さんが 今年は祝えない彼の分まで 私の誕生日をお祝いさせてと 万年筆と本とGODIVAの チョコクッキーサンドを送ってくれた。
貰ったことをひとつひとつ何気ない顔をして 家族に教えたけれど
家族には悪いけれど 勿論彼のお母さんにも申し訳ないけれど
私だったら良かったのにと想った。
絵の才能もあった 人当たりもよかった パソコンもできて 歌も上手で、いい子だった。
人間としていい部分が前に出ていた彼。
そうでない邪悪な部分を持ち合わせている自分…
比べるんだ、尚更。
同じ日に産まれたならば 私をなぜ残したのかと神様に教えて貰いたかった。
世の中にはもっと沢山の私と彼と他にも沢山 同じ日に生を受けた人はいるけれども そこにスポットは当たって、
私を召さないのは ここでやることがあるからだと想うけれども 彼はもうそれがなくなったから 召されたのだと想うけれど
生きてて欲しかったのは 私ではなく、彼だったのではないだろうか
勝手な想像をする。
自分の家族には悪いかもしれないけれど 生きていない方がいい人間の方が生き残るんだよね。
貰っていいのか戸惑ったけれど ひとつクッキーを口に入れた。
甘くて美味しいクッキーで 彼のお母さんからの気持ちを考えながら食べた。
とてもいいお母さんだと想って 彼がだから皆に好かれたのだなぁと想った。
日常はとても汚くて 生きるには大変で
そう感じる人とそうでない人もいたりして
それでも皆生きていていいのに 自分は生きていていいのか私にはわかんない。
人の汚さに触れて 自分も汚れていって それに傷ついている。
死に逃げたい気持ちが 彼の代わりになりたかったのだろうということも きれいごと言ってる自分のことも責めている。
なら、どうするかを考えなくちゃ。
この力のない自分に出来ることを考えなくちゃ。
私に何が在る? 何か在る筈だよね?
その力、自分自身で引き出したい。
傷ついたとしても 生きてはいけるの。
深く、痛くても、まだ生きていける。
私の生を祝ってくれてありがとう。
明日は母の日。
この「お母さんに」母の日のプレゼントを買いました。
会ったことはないけれど、きっと薄緑が似合う人だと思って クッキーのお礼に、私の好きな四葉のクローバーの絵柄の タオル地のハンカチにメモを挟むものとか アフターヌーンティで買ってきた。
喜んでくれると嬉しい。
私に出来ることは何だろう?
私が誰かに出来ることは何だろう?
やっぱり、人が怖くても 人の役に立つことをしたい。
自分に出来ることで人の手や足になれたら、 私が在ることで、助けになれるなら 力を注ぎたい。
それを大事にしたい。
彼に出来ることは彼のもの 私に出来ることは別なことで 何かが自分の中に隠れている。
それを必ず見つけたい。
傷に負けたくない。
2004年05月08日(土)
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