きょうはもう、あまりの忙しさが続いているので、精神が暴発しかけた。 なんてことをぐちゃぐちゃ書いてもつまらないので、情緒の世界に逃げる。
「紫野」という題名だけでもう、心に深い情緒が漂ってくる。 額田王と大海人皇子の相聞歌のせいである。
茜さす 紫野行き 標野行き 野守りは見ずや 君が袖ふる(額田王)
紫草の野を行き来しながら あなたが袖を振っている でもここは御料地ですよ 番人に見られやしないかしら
紫の にほへる妹を 憎くあらば 人妻ゆゑに われ恋ひめやも (大海人皇子) 紫草のように美しいあなたを もし憎いと思うならば あなたを恋しく思ったりしないでしょう もうあなたは人妻なんだし
この2首については、私はとにかく「茜さす 紫野行き 標野行き」とか 「紫の にほへる妹」という、言葉の響きや調子が好きである。 何とも美しい響きを醸し出している歌である。 けれども、内容はなかなか複雑だし、歌われた背景にもいろいろ議論がある。 額田王はかつては大海人皇子の妻だったが、今は兄の天智天皇の妻、、、 といえば、いわゆる不倫の恋よりも複雑な様相を帯びているではないか。
まさしくんの「紫野」の歌詞も、この相聞歌を踏まえているのかどうか、 何やら意味深でとらえがたい男女の姿である。
「紫野」 君 いつの間に 誰 恋して 眩暈を覚える 綺麗になったね その眼差しで 僕 見ないで 垣根がほどける 綺麗になった
うん、まさに「紫のにほえる妹」なわけだ。 久々に逢った、長いつきあいのようだ。 恋を重ねて美しくなったと思わせる成熟した美しさが眩しいらしい。
七重八重 山吹は 実をつけず 枝垂れ咲く
八重山吹という花は実をつけないそうだ。 愛は多くとも実を結ばないことの暗示だろうか、、?
鐘の声の 風の声の うらぶれて 道遠く 護りつつ犯しつつ 二人来た紫野
はてさて、「譲りつつ犯しつつ」とはどういう意味であろうか?
君 知らぬ間に 誰 壊して 妖しく哀しい 笑顔になったね
冒頭の優雅な感慨に比べて、何と恐ろしい歌詞であろうか。 人を傷つけ「壊す」ことによって「妖しく哀しい笑顔」になるとは。。。 そして、それがますます魅力的なのだ。
ふと 今何か 僕 はじけた 肩口すべって 揺らり一葉落ちた
うーん、、、難解。。。
幾度の 初恋を 君すでに 脱ぎ捨てて
初恋は、最初の1回だけだぞー。 初恋のように初々しい真剣な恋を幾度か経験してきたということか、、? それとも、初恋の相手(僕)と幾度か恋愛を繰り返したということか、、?
紅色の 唇に 香り立つ 薄明かり
何という美しい情緒であろうか。
与えつつ奪いつつ 二人来た紫野
「譲りつつ犯しつつ」「与えつつ奪いつつ」、、、ま、そういうもんだわな という気もしてくる。。。
幾度の 三叉路を 選び来て ゆき過ぎて また同じ 三叉路に 今二人 巡り来て
やはり、この2人は、別れたり結びついたりを繰り返して来たのだろうか? 先の相聞歌の情緒も重ね合わせると、 この2人には、今はもう妻もあり夫があるという状況なのかもしれない。 長続きしないながらも、惹かれずにいられない仲? それとも、許されず結ばれないながらも、逢わずにいられない仲?
迷いつつ刻みつつ 茜さす紫野
出た! 出し惜しみしていた「茜さす」が。。。 やっぱり「紫野」にはこの枕詞がないと落ち着かないなぁ。。。 「迷いつつ刻みつつ」というのは、 ためらいながらも今この時を大事にしたい、という思いかな?
とにかく、よくわからん歌じゃ。 結びは冒頭のリフレインである。
君 いつの間に 誰 恋して 眩暈を覚える 綺麗になった
この歌全体の意味については謎が多いけれど、 この一節と似たような感慨は、若かったころに経験がしたぞ。 その人とは何度かの三叉路を迷った末に結婚してしまったけれど、、(笑)
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