推薦入試の時期になり、作文の添削の依頼が次々に来る。 うんざりし、途方にくれる。 それによって潰れる時間もばかにならない。 もう十何年も前から、作文指導なんて重傷のアレルギー状態だ。
あぁ、なぜ国語の教師など選んでしまったのか。 国語と英語の教師にはなるものではない。 テストは多いし、教材研究も常に新ただ。 その上、こんな余計な仕事にも大いに煩わされるのだ。 他教科と同じ給料では割が合わぬ。
仏文科時代に、哲学科も卒業できるだけの哲学科の科目も修得したのだから、 あのまま倫理社会の免許を取って、社会科の教員になるべきだった。 社会科はいいぞぉ。 授業のノート1回作れば、ほんのちょっと修正するだけで何年も使える。 作文見るの苦手です〜、と言えば許してもらえる。 実際、倫理社会や現代社会の授業をやりたいと、何度思ったことか。。。
とにかく、国語の教員などになるべきでない。 そんな若者がいたら、やめとけやめとけと、親切な助言をするだろう。 もう昨今は、教員というものを職業に選ぶのもお薦めできなくなっている。 教育界を牛耳る連中がこんなにアホな連中ばかりだと知っていたら、 私自身ぜったい教員などになっていなかった。 国語科を選んだこと以上に、これこそが最大の長年の後悔なのだ。 教えるのが好き、というだけで学校に勤めるのが誤りだったと思い知らされたのだ。
|