TENSEI塵語

2005年10月26日(水) 「加速度」


    「加速度」

  別れの電話は 雨の日の午後
  受話器の向うで きみは確かに 雨にうたれ 声もたてずに泣いていた

電話をかけてきたのは、もちろん公衆電話の彼女の方だ。
雨だからと言って、またの機会にしようなどと、悠長な気持ちではない。
今ここで電話しなければ、という切羽詰まった思いで、
意を決して電話したのだ。


  「最後のコインが今落ちたから 今迄のすべてがあと3分ね」って
  きみはとぎれがちに 小さくつぶやいた
  スローモーションで 時が倒れてゆく 言葉さえ塞いで

別れ話じゃなく、楽しい語らいの電話でも、
この最後の10円の時間は、なかなか複雑な様相を醸し出すものだった。
「切れたらそこまでね」と約束しておいて、妙に饒舌な時もあれば、
何を話しても残り時間が足りないような気がして話題に困ることもあれば。。
沈黙は気まずいけれど、電話がつながっている間は2人の時間なのだ。

「今までのすべてがあと3分ね」って、哀しいことばだ。
これでは何も言葉が出てくるまい。
ただ、今までのすべてを噛みしめながら、終わりが来るのを待つ時間だ。

現代はケータイ中心で、公衆電話などほとんど利用されないだろうから、
こういう究極の時間などというものは、骨董品的なものになってしまったな。


  ごらん愛の素顔は 2つの世界の 間で揺れる シーソーゲーム
  喜びと、、、悲しみと、、、


  最後の電話が コトリと切れて
  静かに僕の手に 残ったものは 発信音と 穏やかな雨のさざめき

  途絶える直前の 君の優しさは
  最後に ピリオド打たなかったこと
  まるで悲鳴の様に 云いかけた「それから」って

これで本当に終わってしまった。
でも、「僕」にはまだ完全に終わったような印象が薄い。
彼女の声を聞くことはもうないけれど、「それから、、、」と、
彼女が何かを訴えようとしていたことが救いになっているのだ。
かえって彼女の方が、言いかけたことが言えないまま切れた電話の、
プツッという音とプープーという音を、痛切に聞いていることだろう。
この2人がなぜ別れるのかはまったくわからない。
別れる理由が何であるにせよ、今までの2人の時間は、
いっきょに無にしてしまうにはあまりに重いのだ。

すべてを失った「僕」は、虚ろな眼で窓を眺める。


  自分の重みに耐え切れず落ちてゆく ガラス窓のしずく
  あたかも二人の加速度の様に 悲しみを集めて
  ほらひとつ またひとつ
  ほらひとつ またひとつ

ひとつ、またひとつと、悲しみを集めて耐えきれず落ちてゆくのは、
ガラス窓のしずくばかりではあるまい。


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