TENSEI塵語

2005年09月20日(火) グレープがデビューしたころ

夕食後、8時半ごろに睡魔に負けて横になったら、
目が覚めたときにはもう夜中の2時を過ぎていた。
起きてしまってそのまま1日の生活を始めるには早すぎるし、
酒飲んで寝直すには遅すぎる、何とも中途半端な時間である。
迷った末、何とか4時ごろまで眠れないかと寝なおしにかかったけれど、
もうぜんぜん眠れそうにないので、起き出して、少し仕事をした。
(だから今は実際には、翌日の未明である)


きょうは(昨日は)、通勤の行き帰りもラジオを流してただけだったし、
これといって音楽は聞かなかったのだが、
気がつくと頭の中を流れているのは、昨日書いた2曲である。
どちらもベスト盤などには入らない歌なのだが、惹かれるのだ。

グレープがデビューしたころ、TVで初めて見たときは驚いた。
あれが、中学の時だったか高校のときだったかはよくわからない。
とにかく、登校前に、朝のヤング720だったかの番組に現れたのだ。
なよなよした風貌のさだまさしが、学生服姿でヴァイオリン片手に現れた。
いかにも、インテリがこの世界に挑戦しました、という感じである。
ギターとヴァイオリンの2人組が、湿っぽい歌を演奏し始めた。

その「精霊流し」という歌は、ま、私好みの世界でもあったけれど、
メロディーラインが月並みだったし、全体に地味なイメージだったし、
まぁ、この連中は長続きしないだろうなー、、と注目もしなかった。
それからしばらくして、ドラマの主題歌で「無縁坂」を聞いたときも、
相変わらずの歌を歌ってるわ、と、微笑ましく思ったがそれっきり。
「無縁坂」の印象も、「精霊流し」とほとんど同じだった。

高校時代は、フォークといえば、友人の影響もあって、陽水一辺倒だった。

大学時代に、ギター部の中の、フォーク好きの連中の中で特に熱心な2人が
「朝刊」を上手に歌えるように何度も練習しているのを聞いたり、
折に触れてさだまさしの歌をいろんな場所で耳にして、
何と優しい歌(歌詞)を作るんだろう、と思うことが多かったが、
取り立てて積極的に聞こうという気もちはまだ生まれなかった。
それを熱心に聴くようになったのは、結婚後、
妻が持っていた「風見鶏」とか「私家集」とかのアルバムのテープを借りて
聞くようになってからである。

こうして、中・高時代の産物の中で、
ロックではピンク・フロイドだけが私の中に生き残ったように、
フォークではさだまさしだけが生き残ったのである。
いや、この後者の場合は、あのころはそれほど関心がなかったわけだから、
歳をとるにつれてだんだん味わえるようになった、というべきかもしれない。
昨日話題にした「風の篝火」も「春告鳥」も、彼がまだ20代の時の作品だ。
他のお気に入りの曲の数々も、たいていがそのころの作品だ。
それが、30代のころに聞いた時よりも、
もう40代も終わろうとする最近の方が、一層胸に響いてくるのが不思議だ。


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