TENSEI塵語

2005年09月07日(水) 台風の影響

今夜は、夕食後部屋に上がって20分もしないうちに沈没し始め、
階下に降りてベッドに横になったら、そのまま意識を失った。
それが8時半ごろだったかもしれない。
10時ごろいったん目が覚めて、普通なら起き上がるところだが、
次に気づいたのが午前0時過ぎだった。
自室の電気もPCもエアコンもつけっぱなしだと思い出したので、起きた。

昨夜は、寝るぞ、と3時過ぎに横になったものの、
いつ召集の電話が入るか気になったのと、風雨の音が耳についたのとで、
なかなか眠ることができず、4時過ぎにいったん起き出してしまった。
横になる前の眠気も、目の疲れも取れていた。
5時過ぎに再び横になり、眠ったのは5時半から6時半の1時間程度だ。
うとうとしたような眠りだったらしく、珍しく夢を見た。
複雑で支離滅裂なドラマを久々に堪能したが、残念ながらもう忘れた。

大したことのない強風の中を出勤し、早速、校務委員会と職員会議があった。
(さらにその後、学年会もあった。遊ばせてはくれないのだ)
きょうの芸術鑑賞会が、午前11時までに解除されなかった場合は中止で、
それの今後の対処についての話が主だった。
私もかつて7、8年の間、こういう公演の折衝役をやっていたので、
思い出したのだが、こういう学校回りの劇団等は、契約したからといって、
100万円前後の公演費の多くを持って行ってしまうことはない。
きょうの午前中の準備費用も自己負担にして再公演を検討してもらえるのだ。
それで、とにかく、劇団の日程と、会館の使用状況と、学校行事の都合で、
新たな公演日を探してもらうことになった。

午前11時になっても警報は解除されず、午後の芸術鑑賞会の中止が決まり、
その15分後に、警報が解除されてしまった。
ほんのわずかの時間の差なのだが、自宅待機の生徒全員に、
事前指示の内容を変更する連絡を徹底することは不可能なので、中止である。
午後は、警報解除を知った生徒がぽつぽつと登校して、
それぞれに学校祭の準備作業に取り組んでいた。
いろんな生徒にいろんなことを頼まれて、歩き疲れてしまった。

ちなみに、市内で最悪の1、2位を争う小学校に勤める妻は、
1日中、会議と肉体労働を強いられて、フラフラで帰ってきていた。
子どもが登校している毎日はほとんど空き時間なしで働いている小学校なら、
こんな日くらい、のんびりとそれぞれの雑務を整理する日にしてやればいい
のに、何かしら命じて統率していないと気が済まない管理職の集団らしい。
我々のような労働者にとってもっとも不幸なのは、
神経質で小心者の管理職の下で働くことなのだ。


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