| 2005年06月16日(木) |
ジュリーニの思い出といえば、、 |
夕刊に指揮者のジュリーニが亡くなったと報じられていた。 残念ながら、ジュリーニのCDは1枚も持っていないはずである。 同じ曲でも、下手すると10種類の演奏を買い込んでいる私でも、 そういう中にジュリーニの指揮した演奏はないはずである。 ひょっとしたら、手当たり次第に買い漁った廉価版の中に 紛れ込んでいるかもしれないが。。。 彼は世間では大指揮者のひとりだったけれども、 私にとっては格別の感動をもたらしてくれる指揮者ではなかった。
しかし、彼は特別な思い出の中にいる指揮者である。
高二のころだったはずだが、父に頼まれて夕方、庭で洗車をしていた。 縁側に置いたラジオから、マーラーの「巨人」が流れていた。 初めて聞くその曲の美しさに魅せられながら、車の掃除をしていた。 掃除が一段落し、縁側に腰かけてのんびりラジオに耳を傾けた時に、 第3楽章が始まった。 不思議な音楽である。 哀切極まりない感じがした。 それから、次の楽章に入ると怒濤のような嵐、、、 そしてまた美しいメロディー、、、 もうこの初めて聞く作曲家の音楽に完全に囚われてしまった。 そのラジオで流れた「巨人」を指揮していたのがジュリーニだった。
その翌日くらいに学校が終わるとレコード店に走ったのだが、 当時仲のよかった店員のKさんと話し合いつつ、聞き比べて買ったのは、 ジュリーニの演奏ではなく、ブルーノ・ワルター盤だった。 「巨人」の次に買ったのは「大地の歌」だったが、これもワルター盤。 次に買ったのは「復活」だったが、これはショルティ盤。 第五交響曲は、またまたワルター盤。 こうして聞いている間に、マーラーは私の最愛の作曲家になった。
今ではマーラーのどの交響曲も、数種以上の演奏を持っているが、 その中にジュリーニの演奏はない。 しかし、彼は、私のマーラーにまつわるいくつかの貴重な心の風景に、 いつでも登場する重要人物である。 マーラーについて思うとき、あの縁側の「巨人」の思い出は欠かせないからだ。
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