朝、バタバタと大量のプリントの印刷などして、やっと一段落して、 9時ごろ校門に煙草を吸いに出た。 出たら、今年初の、蛙の大合唱である。 校門前の右方には田んぼが数枚広がっている。 一昨日耕耘機が入って、土を耕していたが、今朝は水がはってあった。 環境が整ってきたので移住してきたか、湧いて出たかのように、 今朝はさっそく蛙の大合唱である。 喫煙室を奪われ、校門外に追い出されてから、自然との交流が増えた。
その蛙の大合唱が、3分くらい経ったあたりで、ピタッと止んだのである。 驚くほどの静けさになった。 なぜいきなり止んだのであろうか? そして耳をすましていると、断続的にrrrrrrrという一匹の声だけ聞こえる。 しかし、もう合唱になることもアンサンブルになることもない。 昼に出たときも夕方に出たときも、もう大合唱を聞くことはなかった。 朝の儀式なのであろうか? いったい、彼らの生態はどういうことになっているのであろうか?
大合唱の最中、田んぼの中に2羽のカラスがいた。 実に穏やかに、たたずんだり、2、3歩移動したりしていた。 時折、くちばしを水の中に入れたりしていたが、 合唱団員を餌食にしているわけでもなさそうだった。 生きた蛙をしとめたならば、まずは飛び立つに違いないし、 その場で餌食にするとしても、もっと激しい動きがあってしかるべきだから。 ゴミ袋を啄んで餌を求め、主婦の朝の仕事を増やすカラスたちが、 周りにわんさと控えている生きた新鮮な餌に無関心なのは不思議ではないか? 彼らは生きた物など眼中になく、死体にしか関心がないのであろうか? そして、仮にそうだとしても、死体や腐乱物しか好まないというのは いったいどういう感覚なのであろうか?
こんな風に、ちょっとしたことからさまざまな興味を抱くのだが、 たいていはとりとめもないものになってしまって、忘れてしまうものだ。
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