今朝、明後日の土曜開放の日程表が机の上に置いてあった。 学年間の連絡用に置いてあるだけだと思って私は見もしないで傍らに除けた。 ところが、生徒の下校時に私のところに明後日の欠席を届け出る生徒がいて、 頭の中がその時???で満たされた。 その生徒によると、進路部の担当者は私のところに行くよう言ったそうだし、 そのクラスの朝の出欠確認者が私になっているそうである。 朝置いてあった紙を引っ張り出して見てみると、確かにそうなっている。 出欠確認だけでなく、1、2時間目に講座をやることにもなっている。
4月30日だったかの第1回の時は確かに引き受けた。 前日の祝日に半日出校して、講座の準備もした。 しかし、その後、打診はないので、まだいいのだろうと思っていた。 進路主任に確認したら、3年の国語担当の2人で交互にお願いしますと、 言ったはずだという。 この今年からの進路主任は極めて控えめな人だけに、 さすがの私にも文句が言いづらい。 それからの職員会議の間もずっと教材の検討をしていた。
しかし、こんなことではいけないのである。 受験生が本当に志望校に合格したいのだったら、 押しつけられた講座なんてものは、じゃまくさいと思わなければいけない。 授業とか補習とかは、確かに安心感をもたらす。 けれどもそれは参考書の数ページを頭に入りやすくするだけの効果しかない。 それを自分のものにするためには、3度4度の復習が必要である。 一斉授業にはロスタイムが多い上、その後の苦労も不可欠なのだ。
私が受験生となって予備校に通っていたとき、 講義にまじめに出たのは2ヶ月くらいだった。 それから、予備校の学習室に入り浸り、やがて市立図書館に籠もった。 覚えることが多すぎて、講義の悠長さに耐えられなくなったからである。 講義に出るよりは、どんどん覚えるべきことを覚えようと決めたのである。 (つづく)
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