市吹に行く途中の夕食中に妻と話している中で出た話である。 妻の元同僚で我々の結婚式にも来てくれて歌曲を歌ってもらっただけでなく、 妻の生徒たちのお祝いの言葉を内緒で録音して流してくれたO先生が、 今回の人事異動で退職した、とういう話である。 まだ10年近く定年まで残っているはずである。 2、3ヶ月前の音楽研究会で会った折りに、彼女は言っていたそうだ。 もうアホらしくてやってられないから辞めるかもしれないと。
何がアホらしいかというと、音楽専攻で、長く音楽主任を務めてきたのに、 最近は、音楽の授業を持たせてもらえなくなっていることである。 県全体がそうなのか、全国的にそうなのか、よくわからないが、 少なくとも愛知県のこの近辺では、ここ3、4年、 小学校の音楽の授業は、音大出の非常勤講師に持たせるようになっている。 ベテランの専科教員でも時には難儀していた音楽の授業をである。 学校によっては、非常勤講師が年度途中で出てこられなくなる事態も あるようだが、問題はそれだけではない。 もっと根本的な問題があるのだ。
非常勤講師というのは、基本的に授業だけの講師である。 その立場の者に高学年の音楽の授業を任せるわけだ。 ところが、小学校にはさまざまな音楽的イヴェントがある。 そういう活動に非常勤講師を使えるかというと、基本的にそれができない。 だから、授業ではぜんぜん関われないのに、行事の音楽の指導となると、 今まで音楽面で実績のある教員に押しつけられるわけだ。 日ごろは専門分野の授業をやらせてもらえないのに、 そういう時だけ甘言を弄して都合よくこき使われるわけなのである。
妻は音楽の免許は持っていないけれど、音楽科を出ていることもあって、 長年音楽教育で実績を上げてきているので、 ここ3、4年の間、そういう憂き目を体験してきた。 音楽専科として、音楽の授業を2〜3学年に渡って持っていたときに 学年の合唱指導とか、全校単位の合唱指導をするのはやりがいがあった。 ところが、音楽の授業をまったく持たないで行事の練習に入り、 初めてその声を聞いて、一から声を作ったり、 それ以前に、歌おうとする気持ちに乗せてやらなきゃならない、 その労力は、かつての5倍だとか10倍だとか、そういう問題ではない。 本質的にそのやり方は間違っているのだ。 現場の教育活動がどういうものか我々の上司にあたる人たちが知っていたら、 こんな方策を採るはずがないのだが、彼らは知らないか忘れてしまっている。
O先生は、専任を辞めて非常勤講師として応募すれば 音楽を授業を持てる可能性があると考えて退職したようだ。 しかし、妻の予想では、小学校の免許を持っている限り、 音楽専門の非常勤でなく、常勤講師の口しか回ってこない恐れがあるらしい。 小学校の常勤講師とは、たいていは専任と同じ仕事内容である。 そういう妻も、すぐにでも仕事を辞めたいといつも言っている。 O先生と同じ思いもあるけれど、アホな校長・教頭に翻弄される毎日に ほとほと嫌気がさしているのだ。 毎日のように愚痴を聞かされる私もたいへんな労力である。 私などまったく足下にも及ばないほど教育活動に才能があるのに、 辞めさせるのは惜しいのだが、確かに我々の上司たちがアホの集まりだから、 意欲や熱意をこんな形で破壊されてもいたしかたのない話である。 もちろん私も、O先生や妻と同じような気持ちだけれど、 小学校に比べて高校の方が職務についていろいろと緩やかな所があるので、 何とか愚痴もほどほどにして我慢していられるだけだ。
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