たまたま風呂上がりにチャンネルを回していたら、 筑紫哲也と吉永小百合の対談が始まり、戦後日本が還暦という話題だった。 そういえば、、、そうか、、、と2005年という数字を思い出して、 1945年で引き算してみると、確かに今年は戦後60年目である。 お爺ちゃんおめでとう!! と祝うべきであろうか? ちなみに、吉永小百合は終戦の年に生まれたそうだから、同じく還暦らしい。 しかし、このあまりに若く美しい顔を見て、 おばあちゃん、還暦おめでとう、などとはとても言う気になれない。 映画でも苛酷な役を演じているようだし、原爆の詩の朗読も、 もう10何年か続けているはずである。 見た目は確かに若いが、若さはそれだけでがなさそうだ。
戦後日本は、赤いちゃんちゃんこの似合うお爺ちゃんになってしまった、 かもしれない、、、あくまで、かもしれない、であってほしい。 私は、終戦後11年目に生まれている。 今年の誕生日で49才(え? 始終臭い? イヤな歳だ)になる。 だから大ざっぱに言えば、戦後日本や小百合さまの10才年下である。 実質は、小百合さまの方がよっぽど若いかもしれない。
レッドパージや朝鮮特需は、戦後日本幼児期にあたる。 レッドパージは、年寄りたちから駄々っ子とみなされお尻ぺんぺんされ、 朝鮮特需は、大人にすりすりしてお年玉をせしめた、といったとこだろうか? 60年安保は15才、若かった!!(映像で見たことがある) 70年安保は25才、まだまだ血気盛んな青年と言ってよい。 しかし、青年期の挫折は、将来にどう影響するのだろうか、、、? それでも何とか、とがんばり続けて夢をつかむ生涯もあれば、 心の片隅にまだ野心のくすぶりを残しつつ、消沈する生涯もある。
私は75年頃から80年過ぎにかけて大学にいたが、 学生運動というのはもう名残かくすぶりの状態であった。 私自身が、大学生活7年間の終盤まで政治に関心なく過ごせてしまった。 戦後日本も、そのころは30才過ぎて、分別くさくなりつつあった。 心の中には、これでいいのか、というささやきを聞きはするけれど、 なるようにしかならない思いと、自己保身の時期に入ったようである。
それから20余年、、、戦後日本は老人性痴呆症への道を歩んでいる。 ファシスト小泉や石原を熱狂的に迎える世間に、私は身震いした。 何で?何で?何で?何で?何で? と不思議でならなかった。 しかし、そんな私も、最近は、政治的呆け老人の道を歩み始めている。 まーいいや、お好きにどうぞ、と思い始めたらもうおしまいなのである。
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