6月24日に、授業評価アンケートなるものに徹底批判したのだが、 きょうの職員会議で、2学期もそれをやってくれという提案があった。 教科主任会議で、質問項目について審議し、いろいろな意見が出たけれど、 〈変化〉を見るために、不備ではあっても項目は同じにしたい、と言う。 (じゃぁ、何で会議を開いて項目審議するんだぃ??)
さらに言うには、前回、6割くらいしか実施してもらえなかったので、 今回はほぼ全員お願いしたい、名票を置いておくので、チェックして欲しい とまで言う。 けれども、今回は黙っていた。 名票が置かれたら、「くだらないからやらない」と書いておいてあげよう。 もちろん、1学期も協力していない。 質問項目があまりにもアホらしいと批判した時に、 担当者自身も質問項目の欠点を確かに認めながら もう時間がないからと見切り発車しておいて、 今回も同じ項目でアンケートを取らねばならぬ腹の内は明らかだ。 彼らには、授業改善などといった目標はない。 ただ、数値結果を出したいだけだ。 こういうのが何%いてこういうのが何%いて、、、そういう整理さえすれば 大仕事をなしえたような満足感に浸れるのだ。
きょう改めて知らされたことだが、これは、本校が3年間指定を受けて 〈研究〉してきたという、学校評価制度研究の一環なのだという。 それにしては、何と杜撰な間に合わせ的なアンケートなのだろう。 分会長の発言の中にあった言葉が、いっそうぞっとさせる。 他校ではすでに、このアンケートを〈模範〉にしているところがあるそうだ。 あぁ、何という恥ずかしい話ではないか。。。
そういえば、今年の4月に昨年度の学校評価結果が、 ちゃんと印刷屋で製本された冊子になって配布された。 県下の各校にも配布されたようである。 それを見て、私は赤面しそうだった。 中にあるのは、結果の羅列だけで、考察も何もない! 考察も総括もない、単なるアンケート結果など、何の意味があるだろう? こんなのを大いばりで県下に配布する神経が知れない。 こんなだから、あの授業評価アンケートも、 全員が実施する価値があるなどと思いこむことができるわけだ。 ただ、何らかの数値結果さえ出ればうれしい、というそれだけのことなのだ。
こんなのが、全県的、、いや、全国的に広まろうとしているわけだ。 学校全体の数値結果を基に、数値目標を掲げた教育目標を掲げる。 そうして反省して得た数値結果を基に、さらなる目標を掲げる。 それは、確かに学校全体の教育目標としては具体的である。 けれどもそれは、「全体的目標としては具体的」なだけであって、 個人のさまざまな事情は捨象される。 教育の本来の対象は、あくまでも個々の生徒であって、学校全体ではない。
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