TENSEI塵語

2004年06月13日(日) 改めて「博士の愛した数式」

17年前の交通事故で、80分間しか記憶できなくなった元数学者と、
その男の世話をする家政婦とその子どもの、3人の交流を描いた物語である。

これといってドラマティックな事件があるわけでもない。
全体としては、淡々とした物語である。
ドラマティックといえば、私のような数学知らずにとっては、
博士(元数学者)によって語られる、数に秘められた真理の説明と、
博士が子どもというものを異常に大切にしようとする言動だ。

全編に温かさが感じられる。
数の世界の不思議も、人間的な血が通っているかのごとくに描かれている。

博士の数への愛と、子どもを慈しむ気持ちとに共通点があるかのように。
主人公も数の世界への関心を深めていくが、
私自身も、もっと知りたいという欲求に駆られたことは言うまでもない。
高校時代に、こんな数学を聞いた記憶がない。
実は習ったのに忘れたのだろうか、それとも、
こういうおもしろい数学を、中学・高校では扱わないのだろうか?

めったに登場しないが、博士の義姉にあたる未亡人の存在が意外と大きい。
主人公(家政婦)を雇ったり解雇したりするときに登場し、
終始冷ややかに、依頼内容を説明するだけの役柄である。
しかし、実は博士が事故にあったときの同乗者であり、
博士が当時書いていた論文は、彼女に捧げられたものであった。
「永遠に愛するNに捧ぐ あなたが忘れてはならぬ者より」
そして、博士の記憶が80分維持できなくなって施設に入ることになった時、
主人公と博士の義姉との間でこんな会話がある。

「施設にお世話にうかがってもいいんです」
「その必要はありません。何でも向こうでやってくれます。それに、、」
一度言い淀んでから、彼女は続けた。
「私がおります。義弟は、あなたを覚えることは一生できません。
 けれど私のことは、一生忘れません」

穏やかでほのぼのした温かい世界を、義姉−義弟の悲恋がきゅっと引き締め、
なおかつ、読後に深い余韻をもたらしてくれたようだ。


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