TENSEI塵語

2003年08月02日(土) 花火大会はパス

長良川花火大会の時は練習を休んでください、と
市吹の団長から毎年言われているので、昼間の用事が何もないときは
実際稀なチャンスしかなかったけれども、休ませてもらっていた。
今回はどうしようと一昨日まで迷っていたのだが、
スコア(総譜)を預けておく機会がなかったので、
代わりに合奏練習を仕切る者(団長か副団長である)が困るだろうと、
花火は断念して市吹の練習に出かけることにした。

こういう日に5時ごろ練習に出かけることはめったになかった。
たいていは、吹奏楽関係の用事が日中にあって、
その出先から活動場所に向かうものだったからである。
また、仮にあったとしても、名岐バイパスを通ることもなかった。
市吹の行き帰りに名岐バイパスを使うようになったのはこの4月からである。
で、車の流れを見て改めて驚いた。
もう岐阜方面はかなりの車が溜まって、渋滞し始めている。
その影響が反対側にそのまま現れるものとは容易に信じがたいが、
こちらはいつもよりもうんとスイスイ走れて、短時間で着いてしまった。

先週くらいから盆のころまでは、長良川花火大会だけでなく、
そこかしこで祭や花火大会が行われる。
団員の住んでいる地元の祭もあったりする。
現に今夜は、岩倉の駅近くの商店街の祭もあったようである。
夏休みでもあるし、会社員は長い休みの前に仕事に追われもするだろうし、
8月というのは、市吹の活動が非常に寂しくなる月である。
わざわざ出かけても、とても合奏できる状態でないことがありうる。
実際、昨年のこの日の参加者は十数名だったそうである。
今夜の参加者は、25名で、やはりかなり少ない方である。
それでも、各楽器に最低ひとりは参加してくれているし、
各パートの主力はそれほど多く欠けていないので、
合奏がなんとか楽しんでやれるだけの団員が集まったことになる。

今夜出かけて行った甲斐があったとホッとしたのは、
団長が急病で欠席していたからである。
団長はドラマーであるが、もうひとりのドラマーがいれば合奏を仕切るし、
いなければ副団長に仕切らせて自分がドラムを叩く。
私がいないときは、複雑な構成の曲はやらないで、
ドラムのリズムに乗れば進行していくポップス系の曲を合奏するそうだが、
今夜はドラムセットを叩けるものがひとりも来ていないので、
何を練習するか困ったことになったはずである。
ま、個人練習だけやってもらってもいいわけであるが、
いろいろ時間をやりくりして集まってくる団員にとっては、
週1回の合奏を楽しみにして来るのだから、
1時間半の合奏時間はできるだけ確保してやりたいものである。
ま、きょうも何とか最低限の責任が果たせてよかったという思いである。

帰り道は、木曽川を越えるともう反対側の車線はかなりの車で、
岩戸トンネルへの陸橋に上がるあたりから、車の列が続いている。
こちら側の車線はめったに車がいないという感じである。
右側の車の列と左側の壁との間の細い通路をすり抜けて走る。
渋滞でイライラしているであろう人々を尻目に見てスイスイ走る。
花火を楽しめなかった鬱憤をそんな形で発散しているようなものである。
以前は、このあと、家まであと少しというあたりで渋滞の列に入り、
なかなか身動きできなくなって、11時を過ぎるのが常だったが、
(なんでお前らのためにこんな目に遭わなきゃいけないんだ、と
 クタクタで帰ってきたときなどは、苦々しく思ったものである)
この4月に道路が整備されたおかげで、その渋滞もなくなった。
家の近所まで脱出しようとする車の列はほとんど動けず続いていたが、
帰宅する私の方向にはほとんど影響なく、10時には帰宅できた。





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