音楽にはいろいろな要素があるのだけれど、 私は他の要素に比して、かなりのメロディー偏重型である。 何を評価するにしても、まず第一にメロディーがよくなくてはいけない。 だから、ノリのよさとかリズム感の良さとか、もちろん顔のよさとかは、 メロディーを引き立てるものでしかなくて、 メロディーがつまらなければ他のすべては台無しだと言ってよい。
そんなことはあたりまえだ、と言われそうな気もするのだけれど、 ヒットチャートベスト何とかなんてのを聞いてると 何でこんなのが、、?ということが非常に多いわけだし、 私にはバルトークの音楽なんてのはほとんど感覚的受入ができないし、 (といっても、ストラビンスキーの「春の祭典」あたりだと リズムも融合していいメロディーに満ちた音楽だと思うわけだが、、) 市吹の団員が、是非、、といって提案した曲をいくつ黙殺したかしれない。
歌を聞くときにも、ほとんど歌の内容にこだわってないのも私の特徴だ。 外国語はもちろんだけれど、日本語の歌でもほとんど歌詞は聞き流している。 ある歌がかなり気に入るようになってから歌詞まで傾聴するようになったり、 歌詞カードを読んだりして、いっそうその歌への思いを深めるわけである。
サラ・ブライトマンをもう1カ月以上聞き続けているけれど、 いまだに歌詞の内容はほとんど知らないままで聞き続けているのである。 どの歌もいいメロディーで厳選されているように思う。 こんなにいいメロディーに埋め尽くされた歌のCDに出会ったことがない。 (交響曲などのオーケストラ曲の場合は別である) たいていは、半分でも熱心に聞ける曲があれば優秀な方である。 そんなすばらしいメロディーの数々を生かしているのは、 あの何とも表現しがい、不思議で表情多彩な声である。 で、ふと気づくのは、彼女が歌っていることはよくわかっていながら、 あまり歌ということを意識しないで聞いている、という感覚である。 名演奏の楽器の音色や演奏の表情に聞き惚れているのと同じで、 こういう幻惑めいた聴き方を、名ソプラノ歌手のアリア集でも 体験したことがないので、格別に驚かされているわけである。
|