ちなみに、ロックバンドと書かずにエレキバンドと書いているのは、 はたしてロックバンドといえるほどの代物か、 単にエレキギターを使ったバンドに過ぎないじゃないか、という意味である。 あれ以来、17、8年間文化祭でのバンド演奏を聞いてきたけれど、 単発で、このバンドのドラムは上手いとか、リードギターはいいぞ、とか いうのはあったけれど、たいていは、うるさいぞ! って感じである。 特にたいていヴォーカルが困りものである。(笑)
こんなことのために、あの1年近くの間がんばったのか、、、 などと後悔する思いはなくて、それでよかったと思っている。 細かいケチさえつけなければ、彼らにはそれなりの達成感がある。 勉強もできず、する気力もない点では、今の困った高校生と同じ、、、 どころか、特別指導などでも今より困らせられた連中だったかもしれない。 けれども、あのころのそういうちょいと道はずれの生徒たちには、 最近多くなったしらけきったぐうたらとは違う活力が見られた。 たとえば、15分間清掃時間があったら、だれもさぼることなく、 5分間でチャッチャカ片づけて、10分間獣のように走り回りに行くのである。 体育祭や球技大会では、彼らの中にリーダーができて、彼らが中心になる。 何か問いかけたりするとよく意見を言ってくれたものだし、 授業はきらいでも、政治や社会情勢の話をすると意外と聞いてたりする。 (そういうときは、成績上位の生徒たちの方が意外と反応鈍かったりした)
ま、こういう連中にも、文化祭で目立つ場を作ってやりたいと思ったわけだ。
前々任校2年目の新しい年度になって、生徒議会でも議題に加えられた。 しかし、これはあくまでもポーズに過ぎない。 生徒の方がそれについて、真剣な、理のある討議ができないことは エレキバンド否定派の教員たちにはお見通しなのである。 生徒たちはそんな訓練など受けてきてないのだから。。。 案の定、やりたい、認めて欲しい、以上の意見が出るはずもない。 生徒会執行部が実施上のルールを作ったりして、進展しつつあるけれど、 議論自体はたいして盛り上がらないものだから、バンドマンたちも、 「どうせダメなんでしょ」と諦めたようなヤケ気味の言葉を吐き始める。 そういう時には、よく怒ったものだ。 「どうせダメなんだから」という言葉が私は嫌いである。 とにかく、できるだけのことはやった上でしかあきらめない。
結局職員会議でがんばるしかないのだけれど、ひとりでは非力なので、 同じ思いでくすぶってた人たちを巻き込んで、いろいろ作戦会議である。 もちろんそれは、組合の人たちである。 当時私はまだ組合に入ってなかったけれど、賛同してくれたので、 職員会議の前日や当日の昼休みに何人かの人を集めて作戦会議をしたりした。 あんまり決め手となる道理に恵まれてないのがつらいところだが、 「文化展示発表会(とその学校では呼んでいた。祭ではないと、、)は、 確かに文化部の活動の発表の場ではあるけれど、 部活には認めてもらえない活動を私的に毎日がんばっている生徒もいる。 そういう生徒たちに年に1度、校内の仲間の前で発表させる機会を 与えてやってもいいではないか」 という主旨のことを、いろいろな形で意見にして言おうと言うわけである。
会議は活発な論戦になり、紛糾した。 校長・教頭は、絶対に許さん、ふさわしくない、の一点張りで抵抗してくる。 こちら側の意見に拍手が起こったりすると、 拍手は職員会議にふさわしくない、と言って、校長が怒り出したりする。 けれども、ダメだ、認めない、という結論になりかけても、 執拗に抵抗するうち、状況が一変した。 いつもは管理職に媚びるような意見を断固と主張する教育会の若手が、 「僕も彼らにそういう場を与えてやりたいです」と強く主張し始めた。 それも、2人、3人と続いた。 感動的な展開だった。 もう我々の意見に反論するようなムードではなくなって行った。 校長もついに、条件をいろいろつけながらOKを出した。
前々任校ではそれから3回、文化展示発表会でのバンド演奏を見た。 体育館ではなく、武道場で、畳を積み上げたステージでの公演だった。 本当に嬉しかったのは、職員会議の時にはいつも苦い顔をして、 我々に反対ばかりしていた2、3人の体育教師たちが、 その演奏している姿を見て、 「いい顔して演奏しとるわ」「あんな顔するときもあるんやなぁ」 と言って喜んでいるのを見たときである。
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