ホントに久々に一歩も外に出ず、のんびりと家の中で過ごした。 試験前の仕事も半分以上は進んだ。 けれども、全体として何かイライラに包まれていたようだ。 確かに夕食後2時間ほど、新iMacとプリンターの動作がなかなかうまく行かず、 しばしば (ノ`´)ノミ┻┻ 状態に陥ったのも確かである。
けれども、夜だけでなく、朝からずっと何やらイライラしていたのは、 北さんちで赤瀬川原平の文章を読まされたからである。 原やんの文章については、何年か前から教科書や問題集で読まされるうちに、 その独断的で悦に入った調子が生理的嫌悪感を催すほどになっている。 そういう相手でも、いいこと言ってるぞと思えば、 いいことも言うやつだ、と内容によっては賞賛できたりするものなのだが、 今回もまったくダメであった。 自分の都合のいいようにすべてをねじ曲げて、レトリックで煙に巻く ソフィスト原平の姿をまた見させられたという感じである。
それにたぶらかされた北さんが、 結局のところ何が言いたいかわからない文章を書いているし、 利休が前衛の茶人になってしまい、芭蕉が前衛詩人になってしまっている。 もうめちゃくちゃである。
事の起こりが原やんでなかったらこんなにイライラしてないのだろうが。。 しかし、ソフィスト原やんの文章が売れているのも、教科書に採用されるのも、 それにたぶらかされる人が少なからずいるということだろう。 ちの婆にさえ献身的な人がいる世の中だから、不思議がってはいけないのかもしれない。。。
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