きょうは久々にのんびりと過ごした。 市吹も休ませてもらって、長良川花火大会に行った。 行った、といっても、歩いて5分で川岸に出られる。 その川岸に出れば、すぐそばで鵜飼いをやっていて、その向こうに花火がまるまる見える。 打ち上げ場所から7、800メートルくらいだろうか、 ちょっと小さめに見える位置だけれど、案外多くの人が座って見ている。 そのあたりでも、感激のあまりの拍手が起こったりする。 鵜飼いが完全に終わった8時半ころに、少し歩いてもう少し近いところに移動して、 ラストのあたりを堪能して、そうしてのんびり歩いて帰る。
こんないいところに住んでいながら、数年ぶりの花火鑑賞である。 例年は、部活や大会のために県外に仕事に出てしまう。 夕方遅くに帰ろうとしたって混雑に巻き込まれて、動けなくなるので、 そのまま市吹に行って、寄り道しながら遅くに帰宅する。 途中、江南や各務原で祭のにぎわいに出会う。 そして対向車線の長蛇の列と路肩の間をすーーーっと走って帰るのだけれど、 我が家まであと3分くらいのあたりで渋滞に巻き込まれたりする。 そんな風だから、なかなか見られないのである。
小学生のころ、郡上八幡の花火大会は1分に1、2発ずつ上がったものだった。 じっと待たされて、シュポッというかすかな音やかすかな赤い筋を見ては、 「上がった」と思うと、大輪が開いて、大きな音がする。 そんなのがいくつか悠長に上げられて、時々連続弾が上げられる。 そんな花火大会でも、なかなか大きな楽しみだった。 岐阜に引っ越してから、この長良川花火大会は、最初驚異だった。 そのころも、15分ほど歩けばメイン会場に行けるところに住んでいたのである。 もちろん、友人たちと連れだって、メイン会場に毎回通ったものである。 その当時は、1発ずつがひっきりなしに上げられる合間に、 だいたい5分ごとにスポンサーの提示の後、派手なスターマインが上げられた。 最近は、スターマインの連続になっているようである。 それのひとつずつが以前よりも長く豪勢になっている上に、 ちょっとだけ間隔をあけて、またそれが始まるという風に。 場つなぎの「1発ずつ」の時間は開始直後だけになっているようだ。
花火の音というのは不思議なもので、まだ明るくても、 派手な音がし始めると、そわそわして落ち着かなくなるものである。 暗くなって、川へ向かう間も、派手な音がするのに建物に遮られて見えなかったりすると、 すごく大切なものを見逃してしまったような気がして、ついつい急ぎ足にさせられる。 朝から、きょうは花火大会だぞ、とばかりに打ち上げられているのを聞きながら、 仕事に向かうのは、この土地に親しんだものにはたいへんつらいものである。
来週の土曜日も主催者の違う花火大会だが、県大会役員で豊田に行くことになっている。 当然のことながら、市吹に行って夜中に帰宅するコースになる。 それ自体は残念だけど、朝早いので、 花火打ち上げの第1号を聞く前にでかけることになるだけは救いかも知れない。
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