TENSEI塵語

2001年07月27日(金) コンクール終了

一昨日、市吹の活動日誌に余談でこんなことを書いた。

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まず、市吹とは関係のない話だけれど、今はコンクールシーズンである。
各地で中学・高校の地区大会が次々に開かれている。
犬山〜扶桑〜江南〜岩倉〜海部郡へと結んだ線より西側の西尾張地区の大会も、
明後日から稲沢市民会館で中・高の大会が連日行われる。
私は今年初めて、ちょっと事情があって自分の学校を振らないことになった。
本番は他の先生に任せるので、はたから見ると気楽そうだけれど、
案外気楽なものではないし、もちろん、できるだけ汗だくで練習は見てやっている。

それ以上に、例年同様、地区の高校の事務局を担当しているので、準備に忙しい。
きょうも、審査員の審査用紙、出場者証、チケット入場者の外出証、
貼り紙、アナウンス用台本・・・などなどを作ったり、
配布用の封筒詰めをしたりで、たっぷり7、8時間を費やした。
当日も、大会役員の先生たちや生徒たちが各部署で働いてくれるけれど、
緊急の指示を出しに走り回ったり、審査集計や表彰、結果報告など、
気が抜けない1日となる。

岩吹の定演もそうだけど、はた目には何気なく進行しているようなイヴェントにも、
たいていは少数のボランティアが頭と時間を費やしているものである。

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この7月のコンクールと12月のアンサンブルコンテストの前の数日間は、
なかなか大変な重圧なのである。
こんな厄介な役を引き受けてから、もう7年目になる。
その気の緩みからか、「リング」3部作にのめり込んだこともあって、
取りかかりが遅れて、25日には焦りまくっていたのである。

係員を随所に配置しているといっても、いろいろと突発的な問い合わせは来るし、
いろいろな状況を自分の目で確認しないと安心できないこともあって、
きょうも一日中会場内を歩き回り、走り回っていた。
準備にも手落ちがなかったようでうまく回ったけれど、
去年会場をとってくれた人たちが楽屋や練習室を申請していなかったことを、
部屋がまだ開いてないよ、という訴えではじめて知ったので大変焦った。
また、会計係の到着が遅れて、当日券の釣り銭の用意がなくて、
会館のレストランで頭を下げて両替をしてもらわねばならなかった。
そんなトラブルで朝たいへんな一幕もあったけれど、概してあとは順調で、
表彰式も終わり、県大会代表校の打ち合わせもすんで、
楽屋ロビーに座ったときには、肩の上のものがさらさらと滑り落ちてゆく気分だった。

ただ、今年はこれで終わるに違いなかったコンクールが、
今年もまた、県大会まで引き延ばされることになって、その重荷は続くわけである。
代わりに振ってくれた先生と、なかなか呼吸が合わなかったらしく、
大いにアンサンブルが乱れたところはあったけれど、
トータルなサウンドという点では、これでも相対的によかったらしくて、
第2位で代表に選ばれてしまったわけである。
私が思い描いている基準でいえば、とてもとても、、、というレベルなのだが、
他校の出来によっては、それでも上位に入ってしまうわけである。
おまけに人数が少なすぎて、パートも欠けている。
そういう状態で県大会に出るのはたいへんなことだが、
これからまた数日間、できるだけの悪あがきをするしかない。

でも、生徒にとってきょうの演奏は不本意なものだっただろうから、
もう1度チャンスがもらえて幸運だったろうと思う。
4年前までの、東海大会をめざしていたころと違って、
今は、出場できるだけでも幸運、練習の機会がもらえるだけで幸運、
2度演奏のチャンスがもらえて幸運、と教えざるを得ない。
地区の加盟校が25校のうち、参加校は12校にまで減ってしまった。
出たくても出られず、練習もままならない生徒達がたくさんいるのである。


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