♭1 天照御門(アマテラスノミカド)  2006年03月09日(木)




約束の相手は約束から45分と11秒9遅れてやってきた。

「あ。子津く…」

「あーお腹へったっす。キャプテン、映画観る前になんか食べましょう」

「え?あ、ああそれはいいけどなにかあったのかい?携帯に連絡しても出ないから心配しちゃって…」

「あー………朝起きて仕度しようとは思ったんすけどうっかり犬飼くんから借りたビデオ(お江戸)観ちゃってたら時間になっちゃってそれから今日のナイターのチェックして家出たら電車乗ってる最中に電話がかかってきて『は?電車の中で電話になんかでられるわけねえだろマナー考えろよ非常識野郎』と考えながら電車から降り駅前の待ち合わせ場所にきたわけっすけど、それが何か?」

「う、ううんなんでもないよ。非常識でごめんね」

絶対遅刻してきた子津が悪いのに何故自分が謝ることになるのか。いや、そんなことをいったら「あ、そうですかそれは失礼いたしましたではこれ以上失礼をしないために帰らせていただきますキャプテンご機嫌よう」などといってあっさりこの場を去るに違いない。ていうかもっと牛尾を責める言い方でなおかつ丁寧アンド嫌味に聞こえない嫌味攻撃をしてくる。

「えっとなにがいいっすかねー僕お昼は納豆が食べたい気分なんすよねえ」

「え、納豆?」

「なにそんなに嫌そうな顔してるんすか」

「僕ちょっと納豆苦手なんだけど…」

「あっそう。じゃあキャプテンだけフランス料理とかでも食べにいったらどうです?あとで映画館で待ち合わせしましょう」

「45分11秒9(反対から読むと僕達の誕生日さ!)待っていたのになんでまた待ち合わせをしなくちゃならないんだい、い、いいよ納豆で。大好きさ納豆!日本文化最高だね!」

「とろろそばでもいいっすけど」

「日本人のお昼っていったら納豆だよ!納豆!!絶対納豆!!」

「あーはいはい。じゃサクサク行きますよ」

そう言って歩き出す子津にホッと安堵する。良かったとろろじゃなくて。あんな自分の天敵のような食べ物をせっかくの子津とのデートの時に食べたくなどない。
子津とデートするのはこれで2度目だ。2回とも自分から細心の注意を払い(爆弾処理班が人前で爆弾を処理するときだってこんなに神経質になってるのかっていうぐらいの気の配りようと努力で)なんとかデートにこじつけたのだ。
約束したなら子津はその約束を途中で破るような子ではないが(遅刻はする)その約束をするまでの苦労っていったらあんたもう試合で10本ホームラン打つより難しいってもんだよなんてたってなにかあったんじゃないかと遅刻する恋人に電話をすることを非常識っていう子なんだから。

「て、いうか?僕達はつきあってる?んだよね?」

「はてなが多すぎるっすよ。つうか先輩、納豆をご飯の上にのっけるの早すぎっすよ」

「だって…ネバネバ苦手なんだもん」

「逆っすよ。かきまぜればかきまぜるほど食べやすくなるんすよ。あと醤油もたっぷりいれたら味もごまかせられます」

「あ、そうなんだ。ありがとう」

「僕達ってつきあってたんですか?初めて知りました」

「ええええ!?返事遅…っていうかつきあってるんじゃないのかい!?だ、だって君、部室で僕が君の手を手当てしようと待ってたときにさ」

「あーあんときのキャプテンまじで余計なお世話だったっすねえ。金にもならねえお節介なんかしてんじゃねえよって感じっすよね」

「………で、でも、その時に僕が君にす、す……好きだっていったときに、君のほうからキ、………」

「キスしたことっすか?」

「うわああ!!そんなはっきりいわなくたっていいじゃないか!」

「顔赤すぎっすよ。でもそれからキスどころか手も繋がせてくれない相手じゃないっすか」

「自覚はあるんだ………でもじゃあなんでその……キスしてくれたんだい?」

「おねーさーん。ご飯のお代わりくださーい。あと納豆も」

「………僕のこと、好きじゃない?」

子津はお代わりの納豆をかきまぜる。牛尾はそんな子津を見つめながら心がどんどん重くなっていくのを感じた。
それからまるきり何も言わなくなった子津に目を伏せ、茶碗を持ち直す。ああ、本当納豆すらアンニュイだよ。

「キャプテンは」

「え?」

「キャプテンは、僕のこと好きなんすか?」

息がとまる。顔が熱くなってくる。
子津がじっと目を見てくるもんだから、もう。
止めたいなあ、本当。


「………………うん、好き」


本当、顔が真っ赤っかだよ、絶対。
子津の顔すらまともに見られない。あー恥ずかしくってこのままグラウンドの穴に埋まりたいね。
だけど子津は笑った。
笑ったんだ。



「なら、それでいいじゃないっすか」


微笑んでまた納豆ご飯を食べ始める。僕はポカンとしたまま、口元が上がってくるのを自覚した。







止めたいんだよ、本当。
だって、その日初めて笑いかけられたからって、それがいままで見たどの笑顔よりも何倍も何倍も何億倍も比較なんかできないぐらい宇宙一個分より価値があるほど可愛かったからって、
また同じ人に恋しちゃうぐらい、夢中になっちゃって困ってるんだから。









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