たりたの日記
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この日の復活徹夜祭で、大阪に住む次男一家がカトリック教会の洗礼を受けた。 次男は中学1年の時、ルーテル教会で受洗し、ダビデという洗礼名をいただいていたので、その名前のまま。 義娘のゆうちゃんは アッシジのクララ、 孫のそうちゃんは、アッシジのフランチェスコを洗礼名に。 洗礼名どうしようと相談を受けた時にピン!ときた聖人たち。 愛と平和を生きた、誠のキリストの弟子たち。 次男たちファミリーの成長とこれからの歩みへの祈りを込めて。
プロテスタントの時には馴染みがなかったが、この復活徹夜祭の中で、キリスト教入信式(洗礼、堅信、聖体)が行われていたことが2世紀ころに書かれた書から知られているというから、ずいぶん古い歴史を持つ儀式のようだ。
復活祭徹夜ミサというものを初めて体験したのは2015年4月5日の復活祭のこと。 その時の日記を開いてみようとしたが、この年、1月から7月までの日記が空白になっている。 あの印象深い体験のことすら記してなかったのだ。FBを辿って、写真を見つけた。
聖グレゴリオ聖歌の家では中世からの典礼を忠実に守ってきているので、人々は深夜に聖堂に集まり、ミサは午前4時から始まった。
まずは光の祭儀。
一同は、聖堂の外に準備された火のそばに集まり、司祭は火を祝福し、その日の中で何枚もの紙の束が燃やされた。それは、11月の死者のためのミサの中で祈祷を捧げられた方々の名前が書かれたもの。 その後、この火で司祭は復活ローソクに火をともし、 Lumen Christi! (キリストの光)と宣言し、 一同が Deo gratias. ( 神に感謝) と唱和し、暗闇の中を進み、聖堂へと導かれた。 火と光は復活されたキリストのシンボル。
このミサに参加するために、終電前の電車で東久留米まで行き、タクシーでグレゴリオの家へ行ったのだった。深夜2時ごろリハーサルのためにみなが聖堂に集まるまでの時間、談話室兼食堂で静かに過ごす。わたしの他に聖歌隊のメンバーの方が一人、わたしのように、この儀式に参加するために遠方からの来客が一人いた。この時間帯はイエスが黄泉に下っている時間、話などしないのだろう。
2時ごろからのリハーサルから夜が明け始めるまでの間、美しいグレゴリオ聖歌に包まれ、至福の時を過ごした。徹夜ができる体力もあった時のこと。
また是非来年もと思いながら、ここ3年は病気を得、願いの叶わないままイースターを迎えてきた。 もし、また健康が与えられるなら、聖木曜日から日曜日までの時を、毎晩、その夜のミサに参加、この場で過ごしてみたいものだと、徹夜祭で歌われるグレゴリオ聖歌を聴きながら眠りについた。
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