たりたの日記
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2017年07月16日(日) I am as God created me.

今日の1日はこの言葉から始まり、この言葉で閉じることになる。

Lesson 94

I am as God created me.

「私は 、神が私を創造したままの自分である 」

私もそうなのだが、すべての人が、神の創造した作品。
しかも、神はこよなく、その創造物を愛し、慈しみ、光の中に置かれているということ。
私たちは、けれど、その事に気づかない。
今日は、それに気づくというレッスン。

1時間置きに、その事を思い起こしなさいという課題は、しかし、簡単ではない。すぐに忘れてしまうから。
それでも、何度となく繰り返す。
繰り返しはするが、心の底から、その事に納得してはいない。
子どもの頃から無意識の内に身につけてきた、ネガティヴコンプレクスから完全に自由になるのは難しい。
けれども、そこが課題だという事は身に染みて分かる。
おそらくは癒しもそこにかかわる。

神が創ったままの自分を、神が良しとしている、その同じ眼差しで見るということ。
まずは、神の心と一致しなければそこに辿りつけない。そして、創造された私というものを、曇りのない目で、見通さなくてはならない。
不思議な事に、自分のネガティヴなところはいくつも見出せても、神が良しとして創造されたはずの自分というのは、見出すのに骨が折れる。つまり、フィルターがかかっていて、見えなくさせられているのだ。

そこで、1歳の孫娘の姿を思い起こす。神が創造されたままの人間を、その輝かしさと、創造主の愛を容易に見出す事ができる。
61歳である私も、ほんとうのところは、同じであるはず。






たりたくみ |MAILHomePage

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