たりたの日記
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2007年07月20日(金) 賢治の詩碑 「鎔岩流 」


























      鎔岩流
            
               宮澤賢治

喪神のしろいかがみが
薬師火口のいただきにかかり
日かげになった火山礫堆〔れきたい〕の中腹から
畏るべくかなしむべき碎塊熔岩〔ブロックレーパ〕の黒
わたくしはさっきの柏や松の野原をよぎるときから
なにかあかるい曠原風の情調を
ばらばらにするやうなひどいけしきが
展かれるとはおもってゐた
けれどもここは空気も深い淵になってゐて
ごく強力な鬼神たちの棲みかだ
一ぴきの鳥さへも見えない
わたくしがあぶなくその一一の岩塊をふみ
すこしの小高いところにのぼり
さらにつくづくとこの焼石のひろがりをみわたせば
雪を越えてきたつめたい風はみねから吹き
雲はあらはれてつぎからつぎと消え
いちいちの火山塊〔ブロック〕の黒いかげ
貞亨四年のちいさな噴火から
およそ二百三十五年のあひだに
空気のなかの酸素や炭酸瓦斯
これら清洌な試薬〔しやく〕によって
どれくらゐの風化〔ふうくわ〕が行はれ
どんな植物が生えたかを
見やうとして私〔わたし〕の来たのに對し
それは恐ろしい二種の苔で答へた
その白っぽい厚いすぎごけの
表面がかさかさに乾いてゐるので
わたくしはまた麺麭ともかんがへ
ちゃうどひるの食事をもたないとこから
ひじゃうな饗應〔きゃうおう〕ともかんずるのだが
(なぜならたべものといふものは
 それをみてよろこぶもので
 それからあとはたべるものだから)
ここらでそんなかんがへは
あんまり僣越かもしれない
とにかくわたくしは荷物をおろし
灰いろの苔に靴やからだを埋め
一つの赤い苹果〔りんご〕をたべる
うるうるしながら苹果に噛みつけば
雪を趣えてきたつめたい風はみねから吹き
野はらの白樺の葉は紅〔べに〕や金〔キン〕やせはしくゆすれ
北上山地はほのかな幾層の青い縞をつくる
  (あれがぼくのシャツだ
   青いリンネルの農民シャツだ)


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