たりたの日記
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2006年04月28日(金) |
バナナケーキに最適の日 |
八重咲きのチューリップ、今回は携帯ではなく、デジカメで撮影。 花びらの巧みなこと。 いったい誰がこの美しさを創ったのか。 これだけで、もう十分な証明という気がする。 命の源へと続く道があることの。
午後から自転車でジムへ。 寒くもなく暑くもない自転車が一番気持ちの良い季節。
読書はサリンジャーの「フラニーとゾーイー」。 同居人から今ごろサリンジャー?と言われるが、わたしの場合、今だからおもしろいと思えるんじゃないだろうか。
何にしろ出会うべき「時」というのが用意されているのだ。 この本の主人公、20代のフラニーとゾーイーの気分が悲しいほど良く分かる。 自分の20代を思ってか、はたまた、我が家の悩める20代達を思ってか、 胸はうずくのだ。 当然ながら、そこに出てくる彼らの母親の気分や行動もまた、わたしと重なる。 そう、ここでも、フラニーとゾーイーの他界した兄、シーモアが見え隠れする。或る意味、シーモアが二人の中に存在している。 この読書もシーモアを尋ねることには違いない。 それにしても旅はまだ終わりが見えない。時間が足りない。
夜、明日アユとミーのところへ持ってゆくバナナケーキを焼く。 オブンでお菓子が焼ける匂いというのは実に平和な匂いだと思う。 この家庭的な平和をこそ、シーモアは拒絶したのかもしれないが。
わたしはシーモアを十分愛おしく、また切なく思うけれど、 バナナケーキの平和な匂いの側にわが身を置く。これから先もおそらく。 バナナフイッシュ同様、それを食べ過ぎることは命取りで、それだけは避けなければならないと肝に命じてはいるけれど。
ともかく今日はバナナケーキを焼くのに最適の日だった。
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