たりたの日記
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9月30日から我が家に滞在していた義母を送っていった。と、言っても羽田空港までではなく渋谷駅まで。 そこで義母は女学校時代の友人2人と会い、今日はその友人の家に泊まり、明日そこから空港に向かうことになっている。お友達が空港までは見送って下さるというので、お願いすることにした。 今日は昔馴染みが4人集まることになっているらしい。みなもうすでに未亡人になっており、義母がやっと仲間入りしたことになるらしい。今までは義父がいたので泊りがけで会うこともできなかったので、友人の家に泊まるのは今度が初めてということだった。
それにしても遠くに住みながら、10代の時の友人達と60年近くも付き合いが続いているというのは素晴らしいなぁ。 最近会っていない友人達の事をふと考える。 新しい人達との出会いはすばらしいが、かつて結んだ関係を何かの折に結びなおすという作業も怠ってはいけないな。 メールを下さる人達にはすぐに返信するというのに、夏にもらった葉書や手紙の返事をまだ書いていないことを後ろめたく思う。きっと今週中に。
一昨日は、義父の従妹にあたる親戚のKさんが訪ねて下さり、話に花が咲いていた。初めて聞く義父の生家のことなど興味深い話を聞いた。Kさんは芸大を卒業した後、長いこと地域の児童合唱団の指導やママさんコーラスの指導、本格的なアカペラの女性合唱団の指導に当たっている。税金で学ばせてもらったのだから、学んだ事を地域に還元していかなければと思って始めたという。30年あまりの間、児童合唱団の指導は無料奉仕でやってきたというのだから本当に頭が下がる。
昨日は午前中、義母につくしんぼ保育室で「幼児とお母さんの英語教室」を見学してもらった。 この日はもうじきハロウインなので、DRY BONESというゴスペルソングを踊りながら歌うという場面があったのだが、昔ボニージャックスとかが歌っていたこの歌の出典は旧約聖書のエゼキエル書の「枯れた骨のはなし」。聖書の話をわかりやすく再話したものと歌詞の和訳をお母さん方に配って説明したが、聖書に詳しい義母は興味深い様子だった。 エゼキエル書のこの話もおもしろいが、この歌は歌詞といい半音階づつ上がったり下がったりする旋律といい実におもしろい歌だ。この歌を毎年10月のクラスで歌うのだが、子ども達にはとても受けがいい。しかも身体の部分が順番で出て来るところや同じフレーズがくり返されるところなど、まるで英語の教材の為の歌じゃないかと思うほどだ。
クラスの後、我が家から歩いて数分のところにあるギャラリーカフェで食事をする。このカフェは季節の木々や植物が自在に育っている広い林のような庭の中にある。カフェのテーブルからは外の木々や植物を楽しむことができる。今の季節は紫式部や萩の紫や赤紫が美しい。 義母はこのお店がとても気に入ったようだった。 ランチのきのこがたっぷり入ったのバターライスと白いんげん豆とシーチキンのサラダ、そしてサツマイモとかぼちゃのソテー。デザートはいかにも家庭的なりんごとヨーグルトのケーキ。 午後は3クラス分の仕事があるので、その間は義母には一人で家にいてもらった。夕食には野菜をたくさん入れてほうとうを作った。
一日川越へ行き、昔ながらの通りや蔵などが残る町を案内するつもりだったが、義母が遠出はしたくないというので行かずじまい。また今度の機会に。 特に病気はないのだが、やはり70代後半になると、何をするにも疲れてくるのだろう。 加齢するということがどういうことかこの25年ほどの親達の変化を見るとよく分かる。わたしたちもこれから25年間もすると親達のこの地点へ来るのだ。いったいどのような70代を過ごしているのだろう。そもそもそこまで生き延びているかどうかだが。
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