たりたの日記
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ここのところ、そう6月の半ばからこっち、毎日欠かさず日記を書いている。 書くモードではなくても、一日の最後に日記を開くというのが、ひとつの習慣のようになっている。書く事がなくても・・・
と、これもここのところの習慣でよしやさんの日記を開いてみると、日記があった。
今日はベッドの窓からとてもきれいな夕焼けを見た。
感謝。。。
うっとなりました。 同時に著書「夜と霧」の中で、作者がアウシュビッツの収容所の窓から夕焼けを見て感動し感謝している箇所を読んで、強い衝撃を受けた事が甦ってきました。 抗癌治療の激しい副作用の中でよしやさんがこういう言葉を書いていることに、同質のものを読み取りました。 逆境の中でこそ見えてくる美しさや生きている事の歓び… 生きるってすごいことだなあとわたしも感謝でいっぱいになりました。
今日は我が家の青年Hがよしやさんの病室を訪ねて、お見舞いのはずが、彼の方が大切なものをもらったようで、また行く、ちょくちょく行くと携帯で言ってました。
夕方買い物から戻る途中、麦わら帽子とグラサンに、つっかけ、髭つき、という格好で、サークルの合宿から戻ってきた青年Mにばったり。 今日戻ってくるなんて知らないから、今日のおかずには彼の嫌いな、ナスとかぼちゃと人参がどっさり入るのです。しかたないね。 久々に駅から並んで家まで帰りましたが、格好が、格好ですからねえ、すれ違う人からジロジロ見られるわけです。ここは田舎ですしね、我が家の青年達の格好はあきらかに浮きまくってます。 明日はMもよしやさんのところへ行くらしいです。
Mが小学校3年生、Hが5年生、アメリカから戻ってきたばかりの時期から、教会学校の後は、キャッチボールや卓球、トランプと、よしやさんに遊んでもらってました。わたしよりもうんといっしょに過ごした時間や思い出は多いはず。
今日の一日に感謝。
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