たりたの日記
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昨日、激しく雨が降る中、郵便受けの中に葉書が一枚入っていた。 青いインクの万年筆で書かれた文字は、ところどころ水で滲んでいた。 初めて見る文字だったが、差出人の名前には覚えがあった。 E先生・・・
その名前と顔とが記憶の中から浮かび上がる。 その先生はわたしが通う中学校の国語の先生だった。 実際に授業を受けたことはなかったし、クラブの顧問というわけでもなかったし、面と向かって話をした記憶もないのだが、その先生の存在はよく知っていた。 その先生は執筆家で、先生の執筆された本が家の書架にもあった。ユーモアにあふれるその本のことをぼんやりと覚えている。その頃のわたしは本の虫で、いつも何やかやと読んでは書いているような中学生だったから、本を書かれたというその先生に畏敬の念を抱いていたのだろう。廊下などですれ違う時にはまじまじと顔を見てあいさつしたのかもしれなかった。
Yさん、お久しぶりです。 「育つ日々」、Mさんの紹介でいただきました。 これから、ゆっくり拝読いたします。 Yさん、あんたのお顔は、はっきり浮かぶんです。 東京のどまん中で声かけられても、「あっ、○○さん」と返事ができるくらいはっきりしているんですが・・・。 お父さんとは、役場の広報誌に、お父さんが絵を、わたしが文章を書いて、各月ごとで2年間おつき合いをしました。 「はじめに」・・・・この文章はあんたでなけりゃ書けない、独特な表現内容です。 ・・・・・・ これからゆっくり読みます。 あんたのお顔、はっきり浮かんできます。とりあえず・・・
はぁ〜。なんとも不思議な気持ちに打たれた。 なにしろ、35年も前の事。 1学年が12クラスもあった中学校で、一生徒を覚えていて、こうして葉書を下さるなんて。 わたしの顔を覚えているという事は、もしかして、とんでもなくはずかしいことをしたとか、とんでもなく気に触ることを言ったとか、そういうのではなかっただろうかと、あわてて、はるかかなたの記憶を手繰り寄せてみる。 ・・・・・・・ 自分の14歳の時の顔すら、浮かんでこない。
でも、拙著を手に取って読んでくださり、その途中で、思い立って葉書を書いてくださるのだから、それほど悪い印象でもなかったのだろう。 それにしてもうれしいお便りだった。 今日は一日、ふるさとの木々や山やなつかしい人達の事を思い出していた。
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