たりたの日記
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2004年02月18日(水) スターバックスでのひとこま

知らない人に話かけるなんていうことをほとんどしないのに、その日駅の構内にあるスターバックスでコーヒーブレイクを取っていた時、わたしはわたしの隣のソファにどかりと座り込んだ外国人に話しかけた。

その時、わたしは宮崎への旅を終えたばかりで気分は旅人であり、日常がまだ戻ってきていなかったせいかもしれない。あるいは、その時読んでいた本が須賀敦子の「トリエステの坂道」で、彼女とイタリア人の家族や友人との会話が綴られているその本の中の異国や外国人とのやりとりにすっかり沈潜していていたからかもしれない。そして目の前に現れたトレーでコーヒーとシナモンロールをぎこちなく運ぶ、のっそりしたその外国人の所作がいかにも洋画の一こまのようで、突然、日常がファンタジーに変わったのかもしれなかった。

その外国人は見たところ40代。大柄。ざっくりしたウールのセーターに、黒いふちの眼鏡。とてもオープンなオーラを放っていて、何かスクリーンの中の役者を見ているようだった。キャラは朗らかだが深い物言いをするインテリの三枚目といったところ。

わたしはそのスクリーンの中にひょいと飛び込み、わたしの台詞をしゃべる気になった。
「ハイ、あなたは旅行者に違いないわ。たった今、どこかの国から日本にやってきたんでしょう。」
と切り出す。
幸いなことに、その外国人は唐突なわたしの言葉にびっくりする様子も構える気配もなく、わたしが描いたシーンの通りの顔つきで、ゆっくりわたしの方に顔を向けると、
「ほう、おもろい。なぜそんな風に思うの」
と聞いてきた。これもわたしの欲しい台詞。

「なんだか疲れているように見えたわよ。周りの空気と馴染んでない感じだし、それに周囲の人間に興味があるっていう感じだったもの。日本に長くいる外国人って、壁をはりめぐらしているし、日本人と似たような表情や動きをするものよ。」

「そう〜、ぼくもいくらかは日本人の所作を身につけたんだけどなあ〜。もう5年も住んでるもの。」

「へえ〜、それは意外。で、どこから来たの」

「オーストラリアから」


そうか、わたしはオーストラリアには行ったことがないし、オーストラリア人も友達といえるほど深く付き合た人間はいない。彼の雰囲気全体に、何かわたしが知らない外国の空気を感じたが、それはその国の故かもしれないと思う。

「で、日本で何をしているの」

彼は結婚指輪を見せながら、

「時には夫、時には父親、時には英会話の先生。それで君は?」

住んでいるところや2歳と4歳児の父親であること、英会話を幼児から大人までに教えているが、幼児のクラスが一番おもしろいといったことなど、家庭人、同業者としての会話をしばらくし、お互いに名乗りあい、握手する。

この後、電話番号やビジネスカードを交換したりというシーンはわたしのシナリオにはない。わたしは空になったコーヒーのトレイを持ち上げると席を立ち、まだシナモンロールが半分残っている彼の座席を振り返りながら

「じゃあ、またいつか、どこかでね」と笑顔を向ける。

わたしは帰りの電車に乗るホームに向かいながら、今入ってそして出てきたばかりの自作映画のひとこまに、すっかり愉快な気持ちになっていた。







たりたくみ |MAILHomePage
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