たりたの日記
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2003年10月25日(土) |
ハロウィンパーティーとミニオフ会の土曜日 |
さてさて、この週末は何しろ、コンテンツのぎっしり詰まった、リッチな土日だった。
つい先日、ゲストノートに、日記はいわばミニシアターで、そこに必ずしも日常を登場させる必要はなく、毎日エッセイを書こう、なんて書いたものの、今日はこの週末のことを書いておきたいので、いきおい「日記」になってしまいそう。
ま、いいか。今日は日記らしい日記にしよう。
この土曜日は、大きなことが2つあって、手帳のカレンダーには星のマーク入りでこの2つの予定が書き込まれていた。この2つのことがどういう具合に運ぶのか、楽しみもあり、またどきどきもしていたのだった。
ひとつは英語学校のイベント、子どもハロウイン大会。これは、1年で一番大きな子どものイベントで、子どもも親も楽しみにしている。 3歳から12歳までの子ども達、赤ちゃんたちも入れると50名あまりの子ども達が、思い思いの格好に仮装して、ダンスやゲーム、コスチュームコンテストや、トリックーオアートリートをする。お母さんのみならず、お父さん、おばあちゃん、おじいちゃんもいらっしゃる家があるから、これは父兄参観日の感じでもある。これを3人のスタッフで回すのだから、かなり気合を入れてかからないと、参加者をエンターテインするのは難しい。
でも、子ども達はその日頃と違った雰囲気だけでも充分、ファンタジーの世界に入っていたようだし、いろんな子どもたちと大勢で何かをすること自体がわくわくすることなのにちがいない。家のドアをトントン敲き、そこの人からキャンディーをバッグに入れてもらいながらはしごするのは、いくらまねごとでも嬉しいことなのだ。また親達もそんなきらきらした子ども達の姿を見て嬉しがってくれたんではないかと思う。 来年の反省点もたくさんありはするが、
ま、いいか。成功だったということにしよう。
わたしは今年はちょうちょに変装した。パープルのアフロのかつらを付けて、 ちょうちょの形のマスクをつけて、さらに透き通ったカーテンの羽を背中に生やして。 この格好で子ども達を連れて表の通りを歩いて、近くの家にトリックーオアートリートに行ったので、道行く人や車の中の人から「ぎょっ」とする視線をあびた。でもマスクがあると、そういうことも平気だから不思議だ。 しかし、このマスク、ロフトで見つけ、きれいだなと思って買ったのだが、後で写真を見た連れ合いが、このマスクはやばいよ。いかがわしいパーティーなんかで付けるやつだよと言う。そんこと言われたって、このマスク付けてダンスやゲームして、おまけに子ども達といっしょにたくさん写真撮られてしまったのに。
ま、いいか。知らなかったのだから、許してもらおう。
さて夕方5時にはすっかり後片付けも終わったので、次なるイベントの向けて電車に乗る。 今夜はいつものジムのラテンに、まだ見ぬネット仲間のOが来ることになっている。0はラテンエアロのインストラクターP先生のダンスチームのメンバー。ステージのビデオは見ているから、会えば、その中の誰かか分かる。それにしてもオフで会う前というのはいつだって独特な緊張があるものだ。
ちらちらと入り口の方に目をやりながらストレッチや筋トレをしていると、真っ赤なタンクトップ姿のP先生と黒いシースールのダンス衣装のOが華麗に現れる。 Oの最初の印象は「やっぱり知っていた」という感覚だった。文字で知っている相手がそのまま実物と繋がるのも、いつもの不思議。 この日のラテンはダンサーのように(実際そうなのだが)Oの脇で踊って、とりわけ楽しかった。いつものように、わたしはくるくる回るところになると方向が定まらず、オタオタしてしまったけれど。
ラテンが終わるのが9時だから、その後即効シャワーに入り、3人で近くのパスタ屋さんに行く。 P先生にしても毎週顔は合わせていても、座り込んで話すことは初めてのこと。Oとは今日初めて会ったのだが、日記、その他でもうわたしのことは割れている。なんだか気心の知れた者たち、現役の女たちの会話が続く。P先生とは母親同士でもあるから子どもの話しも出てくる。P先生の21歳の長男の涙が出てくるような兄弟愛の話を聞き、感動してしまった。我が家の青年Hと同じ年。こういうのをつめの垢を煎じて飲ませたいというのだろう。初めてこの言葉を実感をこめて使ったような気がする。
まだわたしが30代の頃、すでに40代を迎えた友人から40代っていいのよ。なってみると分かるわと言われたことがあるが、昨夜も様々なことを話ながら40代って女が女として一番生き生きとして美しい時なんじゃないかと思っていた。しかし、わたしは配偶者がいる分、なんかシャープさに欠けるというか、生ぬるいというか、言ってしまえば、ぬかみそくさいなあと自覚する。
ま、いいか。それもまたあたし。
けれども大切なのは、立場や年齢が違う者たちが、その違いの中で新しく出会い、新しい関係を作り出していくということ。 ひとつのジャンルの音楽が別のジャンルの音楽と出会う時、そこに新しい音楽が生まれるように。
フレキシブルでいよう。 いろんな年齢、いろんなジャンルの人と出会っていこう。 そうだ。来月から心太(ところてん)の日記も書くのだった。
おっと、もうひとつ、今日の最後のイベントのことを忘れることろだった。 つくば市で寮生活をしている次男が、今夜は大学のサークルの仲間を2人、我が家に連れてきて泊まらせるという。よりにもよって、あたしが飲んで帰る時に...。ま、どうせ、汚い寮に慣れているむさくるしい輩たちだろうから、次男の部屋で雑魚寝でもなんでもすることだろうと考えてとりわけ掃除もしないで家を出たのだった。ところがレストランに迎えに来た夫の意外な発言 「どうする、家に泊まる子、一人は女の子だよ。それもいかにもお嬢様風の子だぜ」と少し慌てぎみ。 「ええっ」 驚いたのはこっちの方。なにしろ次男は長男と違って女の子と話もろくにできないタイプのはずだったんじゃないのぉ。
とりあえず家に戻ってみると、ムサイ男子学生2人とかわいらしい女子学生が 仲良く、明日の英語討論の他流試合のための作戦を練っているのである。えらく寛いだムードがそこにあり、おもわずにんまりと笑みが漏れてしまった。ともかく女の子のために、寝る部屋を整え、明日の朝、早く出かける彼らのためにサンドイッチを沢山作る。夜中の2時の話。
ま、いいか。明日は教会に行かないし、保育所のイベントは午後11時からだし。
と、いう具合にめまぐるしくも人との出会いが心に残る豊かな土曜日だった。
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