たりたの日記
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2003年06月13日(金) |
アメイジング グレイスを Kさんとのお別れに |
Kさんの亡骸をつつんだ御棺は十字架の刺繍のついた白い布をかけられ、礼拝堂の中央に置かれていた。たくさんの美しい花に囲まれて、彼女の元気なころの写真がこちらに向かって微笑んでいる。 kさんに別れを告げる告別の式が執り行われようとしていた。
オルガンによる前奏、讃美歌、詩篇交読と続き、故人愛唱の時になった。 わたしは前に進み出てKさんの写真に身体を向けた。
「Kさん、あなたが好きだったアメイジング グレイス、歌いますね」と心の中で呼びかける。
オルガニストにCの音をもらうと、深く呼吸をし、アカペラでゆっくりと歌い出した。
♪Amazing Grace! How sweet the sound. That saved a wretch like me! I once was lost, but now I'm found, was blind but now I see.
驚くばかりの恵みの それはなんと甘い響き それはわたしのような救いようの無い者を救った かつてわたしは道に迷っていた、しかし今わたしは見出された 盲目であったが、今は見ている
二週間ほど前、夫と供に彼女の病室を訪ねた時の彼女の言葉を思いだしていた。 「昨日、夢の中でイエス様にお会いしたのよ。こんなこと信じてはもらえませんでしょうけど。わたしはイエスさまといろんなことをお話しました。これまで分らなかったことをすべて聞きました。それに対してイエス様はていねいに答えてくださったの。なぜわたしがこういう人生を送らなくてはならなかったか、そのことも分りました。こんなわたしがイエス様にお会いできたのは、わたしの信仰などのためではありません。みなさんのお祈りの力です。」とkさんは語った。
彼女からこのような恵みに満ちた言葉を聞くのは初めてのことだった。それまでは自分がどんなに不幸で、また周囲の人間がどんなに冷たいかという彼女の痛みの言葉しか聞いてこなかった。死を前にして、さまざまにもつれ絡まった糸がほぐれて、Kさんの心が軽く、温かくなっていることを知った。 何かが変わっている、何か大きな恵みが彼女を覆っている。彼女に訪れているものを私達もまた感じ、深い想いでその場を去ったのだった。
オルガンがこの曲をワンコーラス弾いた後に続けて、オルガンの伴奏で、この 歌を和訳した讃美歌(讃美歌第二編 167番)の一番、三番、五番を歌う。
♪われをも救いし くしきめぐみ、 まよいし身もいま たちかえりぬ
♪くるしみなやみも くしきめぐみ きょうまでまもりし 主にぞまかせん
♪この身はおとろえ、 世を去るとき よろこびあふるる み国に生きん
Kさんが亡くなる前の日、牧師から話しを聞いた。 Kさんが お葬儀の時にアメイジング グレイスを歌ってくれるようにわたしを口説いてよと頼んだという。その口説くという言い方が、シャープな物言いをする彼女らしと思わず苦笑した。そういえば、ずいぶん前、わたしが礼拝の中で讃美歌を独唱した時、彼女が何か言葉をかけてくれたことがあった。このところ礼拝で歌うこともなかったが、Kさんはその時のことを覚えてくれていたのだろう。
自分の告別式にわたしの歌を指名してくれるなんて、こんな幸いなことはない。でもKさんが生きているうちにこの歌を歌いたいと思い、その日の夕方、仕事の帰りに病院へ立ち寄り、彼女の病室を訪ねた。ベッドに横になっているKさんはモルヒネが効いているのだろう。わたしが手を取って呼びかけてみても目を閉じたままだった。もう長くはないということは私にも分った。
病室の窓からはたそがれ時の静かな景色が広がっていた。ご主人に先立たれ、子どももいなかったKさんは長い間ひとりで暮らしてきた。この病室も見守る家族とてなく、Kさんひとりだけ。けれどもその病室が外の物寂しげな景色とは対照的にほのかな明るさと優しさに満ちていたのは、この前に伺った時に聞いたKさんの言葉があったからだ。もう一人ではなく、すでに天国へ向かうkさんを案内すべくそこに天使達が控えているのが見えるようだった。このように平和に満ちた終わりの時もあるのだと深い印象を覚えた。Kさんの手を取ったまま、小さな声でアメイジング グレイスを何度も繰り返して歌った。歌っているうちに外にはすっかり夜の帳が下りてしまっていた。
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