たりたの日記
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2003年04月16日(水) Dがアナニス.ニンの本をくれたことの意味

しばらく読書に熱中できないでいた。出かける時にはバックの中に必ず一冊以上の本を入れてゆくのだが、開かないまま持ち帰ることが最近多かった。今日仕事へ行くバッグの中に入れていった本は「アナニス.ニンの日記」。ずいぶん前に夢中になって読んだ本だがしばらく開いていなかった。ふとまた読んでみたいとバッグの中に入れたのだったが、行きの電車の中で没頭してしまい、降りる駅を危うく通り過ごすところだった。前読んだ時よりもさらに彼女の言葉が浸透してくる。どの言葉も味わい深い。あの頃の私は単に読み手でしかなかったが、今は曲がりなりにも日記を、それも人の目に触れるところで書いているからだろうか。何より、ニンが日記というものへ自分を流し込むその気分が良く分かる。


フランスが舞台になっているので彼女はフランス人とばかり思っていたが、実はフランスに住むアメリカ人だった。しかし彼女の中にフランスの女性ならではのものを感じるのは彼女がパリで生まれ、11歳までをそこで過ごしたからだろうか。アメリカであろうが、フランスであろうが、私の生まれ育ったこの国とは似ても似つかぬ国であることは間違いがない。それなのに、彼女の言葉はあまりに親しく、私自身の内にある言葉と呼応する。

アナニス.ニンはヘンリー.ミラーとの交遊録を含む60年間に及ぶ日記で脚光を浴びたが、彼女はヘンリーと関係を持つ一方でヘンリーの妻である、自由奔放なボヘミアンのジューンにも惹かれ、強い影響を受けている。今手元にある日記は彼女の膨大な日記のうち、1931年から34年までのヘンリーとジューンに会った当時の日記で、映画「ヘンリーとジューン」にもなったものだ。

そういえば、アメリカに住んでいた頃、一番親しくしていた友人のDとニューヨークのバーンズ&ノーブルという本屋に入った時、彼女がそこでアナニス.ニンの著書を買い、本屋の中にあるカフェでその本の扉に私への言葉をとサインを走り書きしてからプレゼントしてくれた。Dはボヘミアンの芸術家を両親に持ち、ニューヨークのビレッジで生まれ育った人だが、私の生まれ育った世界とはまるっきり異なる世界に私はすっかり魅了されていた。10歳年上の彼女を心から慕い、また様々に影響を受けたが、自分の言葉を文章に綴るようになったのも「あなた自身の物語を書きなさい」と常々言っていた彼女の影響のような気がする。それにしても、彼女はあの時本屋でなぜ私にAnais Nin の「Delta of Venus」という本を選んだのだろうと何か分りきれないでいたのだが、今日アナニス.ニンの日記を読みながら、はっと閃いた。ジューンに寄せたアナニスの想い、それが私がDへ寄せていた想いと似ていることに思い当たったのだ。ニンはジューンに会うことで、自分を解放していったが、私もまた、Dと接触することで、私が知ることのなかったもうひとつの私を見出していた。そしてDは私が私自身の中にある頑なさ、また不自由さをなんとか振り払おうとしていることを認めて、それを助けたいと思ったに違いない。





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