たりたの日記
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2002年02月24日(日) |
26年ぶりの新宿御苑 |
大学一年目をなんとか終えた長男のHは今日、ヤップ島へと旅立った。友人と二人、一ヶ月の間あちこち行ってみるらしい。まだ子どもたちが小さかった頃、家族4人でヨーロッパを歩いたがその時に私と夫が背負った特大のバックパックが再び役に立つ。寝袋から鍋、米まで押し込んでまるでキャンプの出で立ちだ。彼はアルバイトの翻訳を済ませメールで送信してから出かけるというので、「では元気で」と声をかけて私の方が先に家を出る。今日は新宿御苑の近くのレストランでマオさんたちとミュージカル「森のおく」の今後について話をすることになっていた。
電車の中ではしきりと旅に出る息子のことが思われたが同時に私が19歳の春のことも思い出していた。大学が春休みに入るやいなや、一人で東京行きのブルートレインに乗ったのだった。初めての一人旅だった。親はどんな気持ちで送りだしたのだっただろうか。表向きは世田谷に住む伯母を訪ねるための上京だったが、実は人に会うことが目的だった。地元から早大へ行った3つ年上の先輩から東京を案内してもらうということになっていた。朝早く東京駅へ降り立つとその人が出迎えに来てくれていた。彼は好きな場所へ連れて行くと言ってまず新宿御苑へと連れていった。春の初めのまだ寒さの残る朝の公園を歩きながらグリークラブでソロも歌うというその人は合唱曲の歌の1節を歌ってくれた。本の話や絵の話。たしか梅の花が咲き、ほのかな匂いを放っていたような気がする。
新宿御苑駅に着いた。あの19歳の時の春以来26年ぶりだった。そんなにも長い時間が過ぎたのだ。集合の時間までしばらく時間があったので私は駅から御苑の方へと歩いてみた。広い公園だったから、あの時いったいどこをどう回ったのかはさっぱり覚えていないが、今梅の木の下を歩きながら、そこにただよう空気には覚えがあると思った。19歳だった私は恋をしていたが、それはいつの間にか片思へと移行し、私はずいぶん苦しい時期をしばらく過ごした。そんなこともあったからこちらへ出てきても新宿御苑に足を運ぶこともなかったのだ。このことに限らず、青春の頃の思い出はどれも苦く思い出そうともせずに封印してきた。それを今、開こうとするのはもう私がそのことから脅かされることがないとはっきりと確信できるからなのだろう。息子がその頃の私の年に追いついた今、私はもう一度、その時の私に会おうとしているのかもしれない。なぜその人に出会ったのか、なぜ恋は実らなかったかったのか、私の固さはいったい何にその理由があったのか。梅の下を歩きながらもつれた糸がほどけるようにその時の意味が分ってくる気がした。
猫の絵がいくつもかけてあるレストラン「ディ カッツエ」でのランチョンは愉しいものだった。おいしいワインと家庭的な料理は心をゆったりと解放してくれたし、一旦、中断したミュージカル「森のおく」が来年の春に向かってまた動きだしたことはうれしいことだった。マオさんの日記にもあったが、今日、また新たな出会いがあったと私も思う。新しいぶどう酒は新しい皮袋に入れてゆっくりと熟成させたい。
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