たりたの日記
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さてと、旅行の覚え書きを書くつもりでここを開いたものの、何をどう書くといいだろうか。あまりに盛り沢山の旅だった。どのアクティビティーひとつとってもいつも書いているよりは長い日記になってしまいそうだ。だいたい私はほとんど何の変わりばえもしない日常のひとコマや思いをふくらませるだけふくらませて書くことを得意としているわけで書くことがあり過ぎる場合どうすればいいのだろう。たたでさえ危うくなってきた記憶力、毎日少しづつ書いたりしていると、書いてしまわないうちに忘れてしまいそうだ。まあよい、指が動くに任せてみよう。
今回の女3人旅はYMさんからお誘いのメールが届くところから始まった。 YMさんとYOさんと私の3人。子どもたちを同じ幼稚園に通わせながら団地の2DKで文庫活動をした仲間だ。今はそれぞれ異なる場所に引っ越しし、1年間に1、2度会うくらいになっている。子育てに追われていたころは泊まりがけの旅を共にするなど想像したこともなかったような気がする。そういう時期がやっと巡ってきたのだ。
YMさんから鳴沢村の観光パンフレットが届いた。初めて聞く地名だった。富士山頂のある村、広々と広がる裾野、青木ヶ原減樹海はこの村に含まれるという。宿泊はYMさんが職場から招待券をもらったというシルバーレイクロッジというペンション。そもそもペンションなるものに泊まるのは今回で3度目、18年ぶりだ。一度は結婚前、大学時代の友人と二人で湯布院へオーナーから信じられないほど美しい夕焼けが見える場所へ連れていってもらった。2度目はもうじき満一才になる長男を連れて軽井沢へ初めての家族旅行の時。すばらしいオーディオとジャズのレコードのコレクションがあるペンションで、子どもが寝た後、夜更けまで、ジャズを聞きながら話しをした。今回のペンションのオーナーはフィッシュイングの世界の人。そこで売られているしゃれた魚のロゴの入ったオリジナルバッグはどれもすてきなデザインだった。私たちフィッシュイングという発想がなかったが、予約すれば、河口湖や山中湖に フィッシュイングガイドしてくれるようだ。
YMさんの運転で走ることおよそ4時間、ぶどうとワインの産地、勝沼町に着く。ぶどう狩り街道を行くがもう、ぶどう狩りのシーズンは過ぎたと見え、看板は出ているもののシャッターが降りたままのぶどう狩りスポットばかりだったが、それでも、まだやっているぶどう園が見つかった。ぶどう狩りとは言っても、収穫して持って帰えるというのではなく、1時間600円でぶどうの食べ放題というものだ。今の時期は何とか2号という種類のぶどうだ。色は薄い紫色、キャンベルよりつぶはちいさいが、デラウエアよりは大きく種もある。甘くてあっさりした味である。ちょうど頭すれすれの高さのぶどう棚に、たわわに実っている。貸してもらったきゃしゃなハサミで、食べたいふさから食べたい分量だけ切り取って食べて下さいという説明がある。 そのぶどうの姿のかわいらしさと、ふさにハサミを入れる快感、さらには採った先から食べてよいという「非日常」に、にんまりしてしまう。 食べ放題というのは何でも好きだ、ケーキのバイキング、焼肉の食べ放題、そんなに食べられないとは分かっていても、制限がないというのはいい。子どもの頃に読んだお菓子の家を見つけて、屋根といわず、窓といわず、思う存分食べまくるヘンゼルとグレーテルのその場面に溜息をついて眺めいっていたあの渇望の気分が満たされるのかもしれない。 始めは1時間ぶどうを食べ続けるなんてできないよね、などと話していたものの、時計を見るともう5分前、話ながらとはいえ、1時間近くぶどうを食べ続けたことになる。私たちが農園に入ると同時にどどっと押し寄せた観光バス3台分の人々が集合の合図でさっといなくなると、広いぶどう畑にわたしたちだけになった。係りのお兄さんたちが後始末をしている。「まだ5分ありますからいいですよね。」と、我々は出口に向かいながらも、未練がましくぶどうを食べ食べ歩いていった。
続きは明日
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