たりたの日記
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秋が始まった。 アメリカでは9月は始まりの時。 入学式も始業式も9月。町には”Back to School”の看板があちこちで見られ、文房具用品などのセールが行われている。 2ヶ月あまりの長い夏休みのグ−タラから足を洗い、日常の生活へ向けて「さて、やるぞ」と、気合いを入れる時である。 日本では夏休みは年度の真ん中だから、一年分の気合いを入れる必要はない。「さて、あと半分だ」と、半年分の気合いを入れる。 今日は土曜日で仕事もないから、次男を学校に送り出した後は、またベッドに戻ったりとまだまだ休み気分が抜けないでいた。それというのも今年大学生になった長男は9月末までが夏休みで、休みモードを色濃く振りまいているからだ。いずれにしろ、もう宿題のことで頭や気を使わなくてもすむ9月1日は有り難い。 今日、私のなすべきことは家事をのぞいては夕方の教会での「讃美と祈りの会」の司会だけだ。準備するにしても、たっぷり一日ある。 頼まれていた原稿を書いたり、祈りの会の準備をしたりしてすごす。 祈りの会はレギュラーのメンバーのうち、3人が来られず、3人だけの集まりとなったが、かえって深い話ができてよかった。祈っているうちに心の底にしまっていた痛みが浮び上がってくることがある。そういう痛みは涙といっしょに口にして自分の外に出すことで様子が違ってくることがある。もう痛まなくなったり、軽くなったり、あるいは痛みの正体が見えてきたり。日常の中で押し殺している感情を解放する場にこの「祈りの会」が用いられるのであればうれしい。
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