たりたの日記
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2001年08月25日(土) |
I had a good life! |
もう9年も前のことになる。私たちがアメリカに滞在して最後の夏のことだった。アメリカの学校は6月の半ばに終わり、その後は9月の始めまで長い夏休みが続く。夏休みの間は学校は閉められる。教師も生徒も夏休みの間はその立場から解かれるのであるから宿題などもない。だから夏休みにこれから突入するという学校のラストデイには特別な開放感があるのである。 そのできごとは、その夏のラストデイにおこった。
子ども達はお向かいの家のダグラスといっしょにいつものように、前庭で遊んでいた。どこの家にも家の回りに芝生が敷かれて子どもたちが遊ぶくらいのスペースはあるが家の前の道と芝生の間には歩道があるだけで、柵や塀のようなものはない。ダグラスの家と我が家の間は車道になっているが、大きな通りに出るまでの小さな道で車の通りはあまりないし、スピードを出して走る車もないような道だった。
私は子どもたちが遊ぶ声を耳にしながら、キッチンで夕食の支度か、洗いものをしていた。さきほど、もうそろそろ帰りなさいと声をかけたばかりだったが 子どもたちが家に入る気配はない。いつも5時から7時まではキッチンのテーブルでいっしょに日本の勉強をすることになっていた。今日で学校が終わったので、子ども達はもうすっかり夏休み気分なのだろう。しかし9月から日本の学校に戻ることを考えれば、それまでにやっておくことはいくらでもある。きっとそんなことを考えていたのかもしれない。その時、車の急ブレーキの音が大きく響いた。一瞬、長男のHの顔が浮んだ。彼に何かがあったと直感した。
目の前に車が一台止まっており、止まった車からは大きな音量で音楽がかかっていたような気がする。運転席には濃いサングラスをかけた若い男の人がいたが顔はこちらに向けられてはいなかった。子どもたちの姿を探すと、次男とダグラスが道の脇に呆然と立っていて、そこから少し離れたところに長男が倒れていた。駆け寄ると意識はあり、体を起こしたが立てない様子だった。急ブレーキの音を聞いて、ダグラスのお母さんも家から出てきていた。詳しい状況は分からないながら、ダグラスのお母さんが警察に電話をしてくれたので、救急車が2台と、パトカーが2台すぐに来た。救急隊の人たちがHを担架にのせ、それに体をしっかり固定した。その時になって初めてHは声を出して泣きはじめた。 次男をダグラスのお母さんにお願いして、私も救急車に乗り込み、私たちは町の総合病院へ連れていかれた。検査の結果、額に2ケ所こぶがある他は何も異常はないので帰ってよいと言われきつねにつままれたようだった。本人も腰を抜かして立てないでいたものの、今は何ごともなかったような様子でどこもダメージを受けている様子はない。電話でダグラスのお母さんに電話をし、迎えに来てもらった。家に帰りつくやいなや、Hも他の子どもたちも、ないごともなかったように遊び始め、さきほどの悪夢は全くの夢であったかのような印象だった。
家に帰ってしばらくたった時、ドアのベルがなり、開けてみると、先ほど運転席にいた青年がサングラスを取り神妙な顔で立っていた。私が子どもに別状なかったことを告げ、急に飛び出したことを詫び、彼は飛び出すとどういうことになるか、これでやっと学んだと思いますというと、青年は泣き出し、ぼくも、こういう道でスピードを出すとどうなるか学びましたと頭をうなだれた。あの時は気持ちが動転し、または恐怖で車から降りてこれなかったのだと思った。
夜になって子ども達に話しを聞くと、Hが虫を追いかけて道路に飛び出したところ向こうから車が来てぶつかり、気が付いたら道の上にいたのだという。ダグラスはHが車にはねられた後、空中で回転して下に落ちたのを見たという。 しかし、驚いたのはその後Hが話したことだった。H は、道に飛び出し、車が目の前に迫ってきて、道路に投げ出されるまでのことを話したのだったが、まず、車が目の前に迫って来た時、自分は死ぬのだと思ったという。そして、その時に、口に出して”I had a good life”と言ったのだという。自分の目の前に車が迫って来た時、死ぬことの恐怖ではなくて、「自分は良い人生を持った」などと思うとはいったいどういう子なのだろうと驚いてしまった。そしてその後、私はどれほど、この言葉を心に浮かべたことだろう。そしてその言葉に励まされてきただろう。
つい先頃、何かの話しからHはその時を思い出して話し始めた。あの時、車が自分に向かって来る時、スピードが出ているはずなのに、まるでスローモーションのように時間の流れが変わったのだという。そして車にぶつかるまでの間に、これまでのいろんな状況が映画のコマ送りのように、次々に映し出されていって、思わず、"I had a good life." と言ったのだという。まるで、臨死体験をした人が言っていることではないか。それにしても不思議じゃない、頭のたんこぶ意外には打ち身の後もなかったなんて、空中でフリップしたんだから、それだけの衝撃でぶつかったなら相当痛かったはずだし、ダメージもあるはずだよ。と彼からいわれて、改めてあの時いったい何がおこったのだろうと思った。 彼が車に接触する瞬間に彼を抱きとめふわりと空中を飛んだ天使の姿が見えるような気がした。
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