たりたの日記
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2001年06月13日(水) |
茶の間のカウンセリング |
新し物好きの父は、8ミリカメラにしろ、テープレコーダーにしろ、目新しい物は、いの一番に買った。借家住まいの公務員、しかもキャンバスだの絵の具だの本だのと食べられない物に相当お金を注ぎ込んでいるわけで、もし母親が小学校の教員として働き、食べるものを手に入れてこなかったなら、わたしたちは食べるものも食べられぬ子ども時代を余儀無くされていたことだろう。 オープンリールのばかでかいテープレコーダーはどう考えても、四畳半の茶の間には不釣り合いであった。それでいったい何を録音したかは知らないが、テープの入った段ボールの箱は2つも3つもあった。
その時わたしはそのテープレコーダーを前にして、父からカウンセリングもどきを受けていた。学級の担任から話しがあったのか、友だちの親から文句が来たのか、どうやらわたしが誰かとけんかをしたことが問題になっているようだった。 テープレコーダーの重そうなスイッチを父がひねるとリールが回りはじめた。父は普段のようではないちょっとよそ行きの言い方で、私の名前にも「ちゃん」をつけて、今日はどんなことがあったのと聞いてくる。ゆっくり回るテープレコーダーを見ていると、嘘は言えないという気持ちになった。ちゃんと嘘の証拠が残る。これでは閻魔大王の知るところとなり、舌をぬかれてしまうと思ったのだろう。日頃は父が怖くて都合の悪いことは適当にごまかしていたが、この時ばかりはほんとのことを白状したに違いなかった。父はそれを後で聞き、職場でやる要領で児童の精神分析を試みようとしたのか、あるいは私を訴えた友人の証言が真実だったかどうか私の証言から確かめ、反論の材料にしようとしたのか、今となっては知る由も無い。けれど、今その光景を思い出すとなんとも笑いが込み上げてくる。父はなんと一生懸命だったのだろうと 。
あのおびただしいテープはいったいどうなっただろう。もしまだ実家のどこかに眠っているのであれば、見つけて聞きたいと思う。そして、あの時の父と、あの時の小さなわたしに会ってみたいと思う。
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