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2005年09月22日(木) 20050922

この学会ではEngestromのDWRをはじめとして、アクションリサーチを中心にセッションをまわってみた。この学会の大多数はいわゆる社会ー文化的アプローチの枠組みのなかで進んでいるし、僕自身もこれまで明確にアクションリサーチを標榜してきたわけではない。が、自分でやっている臨床実践のこともあるし、今後はアクションリサーチのような実践に深く関わる研究スタイルが流行るような機運もある。まあ、これは時代の流れなんだろう。

午後のセッションではバーミンガムのアンエドワーズのLearning New "Ways of Being" in Professional Practice: working in the boundary zones .にでる。エドワーズはイギリスでエンゲストロムのDWRを実践している人。この一連発表では、イギリスで彼女らが進めている学校間連携の実践が報告されていた。すでにこの業界ではgivenなのかもしれないが、アンのいう"Knowing how to kinow who"という台詞はなかなかよいフレーズだ。

夕方の最後のセッションではEngestromのセンターのHasuさんがチェアーをしている"Participation in Complex Change Processes: Activity Theory and Reflexive Ethnography "に出席した。冒頭に企画者からこのセッションについてのintroが話されたのだが、そこではATの研究者は単に現実を客観的にみる人ではなく"more than"なのだということ、そして、ATがこれまでこの"more than"をうまく扱ってきたとはいえない点が指摘されていた。

今回の学会にきて思うのは、このようにATについてreflexiveに考えようという会があることである。ただし、発表のなかで誰かがいっていたようにethnographyを単なるmirrorとみなしたり、フィールドワーカーを客観的な観察者とみなしたものであるとまとめてしまうには、現在のethnographyは多様すぎるのではないだろうか。クラパンザーノの対話的エスノグラフィーや、日本では古賀先生の<教えるということ>についてのエスノグラフィーなど、すぐれた社会構成主義的なエスノグラフィーがすでにある。こういうものをどうとりこんでいくかということが大事だろう。

夜は学会主催のディナー。学会会場からチャーターバスにのり、1時間ほどいったところに昔のお城を改造してつくったというレストランがある。立食形式で飲み食いした後、コースのメイン料理を食べ、その後はエンドレスで庭で飲み続けるというものだった。Seth Chiklinは「これまでこの学会はヴィゴツキーやレオンチェフのことを勉強するのに精一杯で、なにが正統なのかといったような研究が多かった。でも、最近になって現場から発した問題を扱い、理論が後からついてくるような研究が多くなってきた。これはいい傾向だ」といっていた。これもまた今日の印象をつよめるものである。


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