焦りと鏡 - 2006年06月07日(水) うぉ〜、いよいよコンサート本番まで時間がない。 どうしよう!どうする? …練習あるのみ。それ以外できることは何もない。 という境地に至った今日この頃。 ひたすら黙々と練習に励んでおります。 まだちゃんと音になってない部分が何箇所かあり、 止まらないで通して弾ける確立50%ほど。 そのパーセンテージ、次第に上がってはいるけど。 サマンサの一言じゃないけど、まったく「無謀」な曲を選んだもんだ。 ところで、そうしてひとつの曲と立ち向かい、 練習しているとあることに気づきます。 先日、ある程度の地点まできたと思ったので 録音してみました。 学生時代のように先生のところにレッスンに通えないから (単に時間とお金がないだけ) とりあえずは自分でダメ出しをしなければならないのだ。 昔から発表会前には数回、必ずやってきたことなのだけど 考えてみたら、ここ数年、それをやっていなかった。 よく皆さんも自分の声を録音で聴いてギョッとすることがあると思いますが、 それは自分のピアノを聴いても同じ。昔から、そう。 そして、今回・・・ 悪くはない。あれだけ「ダメだダメだ、こんな曲は弾けない」と思いながらやってきた割には、決して悪くはない。 かなりつたない感じはするし(テンポがまだ遅すぎる)、実際音はボロボロこぼれてるし、弾けてないとこもいっぱいあるけど、音楽の感じとしてはそんなに悪いものではない。 想像していたよりはかなりマシだ。 …とこんな風に書くと「随分甘いんだな」と思われそうだけど とりあえず自分的には正直なところ。 そう、私がいつも自分のピアノを聴いてギョッとして気持ち悪くなるのが この「甘さ」だ。 他の人が私の演奏録音を聴いたらどう思うのか興味深いのだけど 私がいつも「客観的に」一聴して感じるのが ここにはなんだか、人の良さ「そうな」、柔和・温和「そうな」、優し「そうな」、そして甘ったるい人間がいる、という感触。 (ちなみにマイハニーはやっぱりそう感じたようだ。) もっと厳しさとか辛口なところや、ダイナミックな躍動はでないのか、 というフラストレーション。 ある意味、これだけ弾いている人間の感じが濃厚にでているというのもスゴイことだな、 と他人事のように思ってしまうが、 ベートーヴェンを弾いている限り、自分よりベートーヴェンの音楽が表にでていないと困るのだ。 そうじゃないと、私はなんのために必死で練習しているのやら。 学生時代から私のピアノが、特に音色が「甘美な感じ」とか言われて、 それは褒め言葉なのだろうけど、皮肉にも聞こえるな、 なんて複雑な思いでそういう言葉を受け止めてきました。 でも、やっぱり録音を聴くと、 「実際はそれほど甘ったるい人間ではない」と思いながらも やっぱり私の根っこはこんなものなのだろうか、 と愕然としてしまうのでした。 ...
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