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■ 五歳児の心の叫びと呟きの詩
子供の言葉には聖なるものを感じてならない。ましてや、私の愛娘は私にとって女神、観音様のような存在で私の行く道を明るく照らしてくれる。
親バカと言われる覚悟で本当に申し訳ないが、鳶が鷹を産んだかのように、うちの娘さんは賢く会話の中でも大人が、はっとさせられるような言葉があり、まるで生まれついての詩人のようにも思えるときがある。
時にはそれが親の恥でもあり、心に突き刺さるものであるが、忘れないためにも、全てを晒すという意味でも、ここに書き記したい。
『夢数え』
最近、娘さんの睡眠時間と起床時間が乱れているので時間割表を作って規則正しい生活をしている。就寝は午後7時半。起床は朝6時半。パパの帰宅時間には到底、ギリギリ間に合わない時間。就寝直前に帰っても娘さんが「パパ帰ってきたあー!」と興奮するので寝る時間が遅くなってしまうジレンマもある。また、五歳なので独りで眠る習慣を今のうちからつけておかないと、という意味もある。
現在、パパが「幸せ」と思える瞬間は休日や早帰りのときに娘さんと一緒に寝ることだ。パパと一緒に寝るとお布団で遊んでしまうため、なかなか寝てくれないので最近はパパが最初、寝たフリをして無反応でつまんないや、わたしも寝よう作戦で眠らせている(実際、パパもそのまま寝てしまい、コンタクトを外すのを忘れて朝にとんでもないことも暫し)
ある日曜日に一緒に眠るときに娘さんが寝る前に、パパにこんな言葉を言った。
その言葉を聞いたときに寂しい思いをさせてしまっているな、と思い、パパは翌日の月曜日、早めに帰って就寝前の娘さんに会う事が出来、一緒にお布団に入ることが出来た。案の定、興奮して遊んでしまい、就寝は約束の七時半を超えて八時になってママから怒られましたが(涙)
いつかは父親と寝るのなんてもってのほかという思春期が来るのですが、今は娘さんがパパを思う気持ちに出来るだけ答えることが親としての義務だと思っています。
『ひとり』
うちのマンションと幼稚園で姉妹や兄弟を持つ家が多い。我が家は、まだ第二子に恵まれず、娘さんはひとりっ子だ(もちろん、ひとりっ子家庭も存在する)
という台詞を最後に切ないような、優しいような、寂しいような、諦めに似たような「笑み」で呟いた光景をパパは今でも忘れることは出来ず鮮明に覚えている。もしも、第二子を授かることが出来なかったらパパは一生、この台詞と光景を忘れることが出来ないだろう。
ところで、新嘉坡と日本からの宿題が終わらず、これは徹夜モードになるかも知れない、しかも雨が降りそうだ。パソを家に持ち帰って仕事をすることにして会社を出た。
帰りの電車のなか、近づきつつある娘さんの誕生日を思い出す。娘さんの部屋は現在、物置と化している。前回の誕生日のときは其の部屋から完全に物を撤去し風船をたくさんふくらませて散りばめたため、子供達には好評だった。今回もそれをすべく、遊びまわる子供たちの空間を確保するために、帰って早々、娘さんの物置化している部屋の整理を始めた。
奥さんもリビングからやってきて「一体全体、どうしたの?」と不定期に出現するパパのAB型の突然のA型気質に戸惑いながらも協力して全整理を行った。時々、出てくる娘さんの赤ちゃんの頃の洋服を見て懐かしんだりした。娘さんがよくかじっていたなんか、玩具みたいなものも見つかった。奥さんが捨てようとしているので、パパは寝室(現在寝てない寝室)に持ってった。また様々なものも寝室に逃がした(おかげで本の山と物の山でPCに向かっている最中に余震が来たら確実に俺は潰される(笑)おかげで夜中にゴミ袋4袋、段ボール箱ゴミ数十枚が生成されたのでマンションの夜中にゴミ置き場ルームに捨てた。おかげで、土壇場でバタバタしなくて済むようにはなった。リビングとダイニングは専業主婦であるママに後は任せた(笑)俺はバルコニーガーデン整理が残っているが。
これには理由があって、我が家は同じマンションの他の御友達の家の間取りが少し狭い(とはいえ、収納、クローゼットが他の部屋と比べて有るので家具を一切、置いていないので居住面積は同じくらいと思う)元々、一人っ子で想定していたためではある。
とにかく、せめてうちへ来た子供達が何度も喜んで再び来たくなるような家にしたい少しでもの娘さんへの助けであり親の義務である。
2011年06月01日(水)
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