The Green Hills of Earth
以前からメダルメダルとうるさく騒ぐマスコミに「それは違うんじゃないか」と噛みついてきたのですが、先日、ネットでニュースをあれこれ見ていたらどういう風に繋がったのか判りませんが、デーブ・スペクターさんが「日本のマスコミは騒ぎすぎ。スポーツをイベントとしてみている」と言ったと言う記事を見かけました。「全くその通り」と相槌を打ちたいところですが、私はデーブ・スペクターさんと言う人がどの辺りの立場、地位の人か全く存じ上げないのですが、この人が今頃ようやくこんな事を言っているというのは、マスコミってやはり相当腐って居るんだなぁと思わざるを得ません。自浄作用がうまく働いていないと言う事でしょうかね。
シチズンは2月17日より「TRANS CONTINENTS(トランスコンチネンツ)」と言うシリーズを売り出すそうです。この時計はレトロな銀塩カメラをモチーフにしたデザインを取り入れた自動巻腕時計で、ターゲットは10代から20代と言う事らしいです。 ええ、ターゲットからはかなり外れています。で、「銀塩カメラをモチーフにして、それがなんの役に立つ?」と真顔で聞いてしまいますね。私は結構機械にはこだわりがあって、「無駄な」「どうでも良い」「とってつけたような」デザインに魅力を感じません。その機械が必要とする機能を必要とする形で取り付ければそこに「機能美」が生まれるはずと信じています。無駄のない機能に徹したものはとても美しいです。逆にデザイナが売ろうと努力をして頭の中で考えたものはどこかに無理があるでしょう(機能美を有する機械もデザイナの考えたデザインだと言う事は忘れていませんよ)。 そんな考えを持っているものですから、(たまたま、目についただけで、この時計だけが目の敵ではないですが)この時計のデザインはなんの役に立つの?と思ってしまう訳です。 以前、私に友人が「腕時計ならどんなのが良い?」と聞いてきたので、私は「Grand SeikoのQuotz」と答えカタログを指し示しました。年差10秒程度で殆ど狂わないセイコーのフラグシップのシリーズです。腕時計としてセシウム時計を望めないのであれば、正確な時計としては電波時計などがあげられますが、10年20年と安心して使える時計と考えた時、その信頼性はGrand Seikoに軍配が上がると私は思っていたのです。そして、その時計は私が買う予定でした。が、その時計をその親切な友人はちゃっかり買っちゃったんですよね。 彼は「Quotzと言う正確な時計があるのに、自動巻や手巻き時計はどこにそんな必要があるのか?」と聞いてきます。確かに時計が「時間を刻む機械」である以上正確さが必須の機能なのでしょう。でも、私は時間が数分狂っていても余り困りません。客と約束をしている時はそれを見越して時間前につくようにしていますし、多少時間が狂っているから困ったと言う羽目に陥った事がないからかもしれませんが…ですから私にとって時計とは「『自分の』時間を刻む機械」でしかないのです。その中で手間の掛からないQuotzが良いか毎日撫でてやらないとへそを曲げる手巻きが良いかは趣味の問題だと思う訳で、悔しいから私はおなじくGrand Seikoの手巻き時計を買った次第なんですけれどね。 ですから「機能美」なんて言っていて「手巻き時計」を選択するなんておかしいと言われたらうまく反論は出来ないのですが、機械には機械の美しさがある…苦しいですかね。
最近私の流行というか、お気に入りの手抜き料理は皿うどんです。 私の皿うどんの一番贅沢バージョンはと言うと… うどんつゆをお玉1〜2杯、皿の底に軽くたまるくらいを回し掛け 一掴みの刻みネギ 一掴みの大根おろし 3パック100円の納豆を1パック 天かすを適量 すりごま適量 わさびを少々と言う感じです。もっともこのてんこ盛りを食べられる事は珍しく、その日の気分や経済状況、冷蔵庫の中の在庫状況でそれらの内どれを入れるか適当に決めています。 このメニューに欠かせないのは「天かす」です。天かすがなければおいしくならないと言っても過言ではないでしょう。ですから天かすだけは欠かせません。残念ながら私は殆ど天ぷらを作る事はないので、天かすは1パック45円くらいで買っています。その次に欠かせないのが大根おろしでしょう。天かすの歯ごたえと甘さに大根おろしの辛さのハーモニーがもう最高ですよ。後のトッピングはあればしめしめ程度です。と言う訳で、我が家では天かすと大根は欠かせないのですが、その大根の在庫が乏しくなったので買い出しに行った訳ですよ。 大根の今の相場は大体1本198円前後でしょうか。安い店もあるかもしれませんが、私の行く店ではそれくらいの値段が普段付いている気がします。そのお店でも198円の値段が付いていたのです。まぁ仕方ないと手に取ったら、ちょっと表面がふにゃふにゃ状態でした。そこで早速青果の係の人を捕まえて「ね、これ、ちょっと柔いでしょ?」と言うとお店の人は「済みません」と謝ってきます。「いや、謝る必要ないですよ。これ少し安くしません?」と畳みかけます。店の人は「お待ちください」と言ってその辺にあった大根を持って奥に引っ込み、戻ってきた手には、値引きの札をつけた大根がありました。私が「まけない?」と言った大根はそれら大根群のうちのたった1本だったんです。「それ以外は普通の値段で売ればいいけど、この1本だけはちょっと柔いから負けてよ」そんなつもりで相談したのに、まともな値段で売れるのにと思う大根まで安い値段を付けてくれました。当然そのふにゃふにゃじゃない、まともな大根を選ばせて貰いましたよ。1本80円。2本買っても160円で正価より安いんですよ。買わない手はないですよね。 帰ってきてから友達に「1本198円の大根を交渉して80円に負けさせたよ」と話したら「そんな恥ずかしい事できない。良くスーパーで値引き交渉なんてできるね。」と言うんです。値引き交渉って恥ずかしい事なんですかね。値引きをするのはエチケットじゃないんですか。値引き交渉もせず定価で買おうとしたら店の人が「張り合いないやんか」と怒るんじゃないですかね。 お店が適正と付けた価格にすら見合わない物があるから値引いてくれないかと交渉する事は正しい経済活動であって、恥ずかしがる事じゃないですよね。逆に傷物など正価で買う方がおかしいでしょ。大体ね、店の管理がきちんと出来ていれば、客に指摘されるまでそんな傷物がそこに置いておかれるって言う方がおかしいですよ。自主的に値段が付け替えられていて然るべきなんです。ですから、そう言う品物を見つけたら「こっちは注意してあげたんだから、そちらが付けたい値段より更に少し引いてや」と言うくらいの気構えでちょうど良いと思うんですけれどね。 …複数の人に話して、皆が「信じられない」と言うのは、この話をしたのが主夫(婦)経験のない奴らだったから、こういう話に免疫がないという事なのでしょうか。実際の所どうなんでしょう。自分が欲しいと思って買いに行った物の在庫がちょっと定価で買うには抵抗があると言う状態だった時、買うのを諦めるか、それとも値引き交渉をするか…さぁあなたはどっちですか? リンク、引用はご自由に。画像は勝手に持ち出さないことを祈ります。 COPYRIGHT(C) Lunatic 2002-2010 |