英語通訳の極道
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アメリカに住んでいた一時期、猫を飼っていた。名前は「リス」。
ある夜パーティーの帰りに、生まれて間もないような野良猫が家までついて来て、居着いてしまったのだ。
猫としてのテーブルマナーを習う前に母猫と離れ離れになったのだろう、餌を与えると、後ろ足で立って、前足で食べ物を口まで運ぶ。その格好がりすにそっくりで愛嬌があったので、そのまま名前になった。
ある日、日本人が集まるピクニックがあり、せっかくなので「リス」も日向ぼっこに連れて行った。首輪に長いひもを付けて遊ばせておいたところ、大人にも子供にも大人気だ。
幼稚園児くらいの子供が、興味津々で近寄ってきた。
「『リス』って言うんだ」 名前を教えてあげると、 「りす?」 一瞬怪訝そうな顔をする。 「そう、『リス』」
しばらくすると母親に報告しに行った。 「おかあさん、あれね、りすなんだって」
すると、やさしそうなおかあさん、我が子を諭すように、 「あれは、猫よ」
男の子は疑問に思ったのか、また私のところに来て尋ねる。 「これ、りす?」 「うん、『リス』だよ」
「あのね、おかあさんがね、これは、猫だって、言うんだけど?」 「うん、猫だよ」
「りすじゃないの?」 「これは、猫の『リス』なんだ」
その子供、めまいでもしたのか、一瞬よろめいた。頭の回りに疑問符が飛び回っているのが目に見えるようだった。
さて、その『リス』という名前の猫。ルームメートのアメリカ人が呼ぶのを聞いていると、"Disu"と発音している。
"Risu"でもなく"Lisu"でもない。どうやら、日本人が発する日本語の「ら」行の音は、英語の/d/に近く聞こえるようだ。
そういえば、"Risu"では巻き舌が鼻につくし、"Lisu"では音がべったりとし過ぎている。もっと軽く弾けるように発音される「ら」行は、破裂音の/d/に近くても不思議ではない。
しかし、最初彼が私の猫を"Disu"と呼ぶのを聞いた時は、発音が間違っていると思った。そこで、
と言ってやったら、アフリカ系アメリカ人のそのルームメート、口を開けたまま目をぱちくりさせ、めまいでもしたのか、しばらく言葉も出なかった。
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