英語通訳の極道
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2003年06月05日(木) 「ん」の正体

日本語に詳しい人にとっては釈迦に説法かも知れない。しかし、音声学に関してはまったく素人の私には、10年以上も前に初めて気付いた「ん」の正体は新鮮な驚きだった。

「ん」という文字。文頭に来ることはないが、れっきとした仮名文字だ。仮名は表音文字のはず。この「ん」、どう発音するかご存じだろうか?

簡単じゃないか、「ん」= /n/だろう。そういう答えがすぐに返ってくるかも知れない。ほらこうして発音できるじゃないかと、喉の奥から気張って音を出されるかも知れない。

実は、それは「ん」の発音の一つに過ぎない。

ちなみに、「歓待、歓待、歓待」と3回発音の練習をしてから、「かんたい」と言いかけて「かん」で止め、鏡の前で口の形を確認してみて欲しい。

次に、同じように「乾杯」を3回練習してから、「かんぱい」と発音するつもりで「かん」で止め、鏡の前で口の形を確認する。

今度は、「感慨」を同じように発音練習してから、「かんがい」と発音する途中の「かん」で止めて、口の状態を観察する。

3つとも同じように「かん」と発音したあとの「ん」だが、それぞれ口の形、舌の位置が違うことに気付くだろう。

「かんたい」の「ん」は舌先を歯の裏につけて/n/、「かんぱい」の「ん」は口を閉じて/m/、「かんがい」の「ん」は舌の奥を軟口蓋につけて/ng/と発音される。

このように、「ん」の発音は何通りもある。「ん」はひとつの発音を表す文字ではなく、撥音であることを示す符号なのだ。

もしまだ納得できなければ、まず「かんたい」の「かん」を発音してから素早く「ぱい」を付け加えて「かんぱい」と発音してみるとよい。「かん」と「ぱい」の間に微妙に一拍、不自然な間があくのが分かるだろう。間違った「ん」を使うとスムーズに発音できない。

「ん」をどう発音するかは、次に来る音によって決まる。ここで一般論を述べると、両唇音の/p/、/b/、/m/の前では/m/と発音され、軟口蓋音の/k/、/g/、/ng/の前では/ng/と発音される。それ以外は/n/と発音される。細かいことをいうとさらに分類できるが、ここでは深入りしない。

一見分かったつもりになっている日本語だが、ネイティブの我々でも中途半端にしか理解していないことは多い。それどころか、素人の素朴な疑問として、いくら考えても理に適わぬ側面も多々ある。

ところで、このコラムの最初に、「ん」は文頭には使われないと書いた。別に「ん」を文頭に使ってはいけないという規則がある訳ではない。日本語にはもともと「ん」がなかったらしい。その後中国語の影響で「ん」が使われるようになったが、漢語が入ってきた当初は、「ん」の音は無視されることが多かった。今後「ん」で始まる単語が日本語に定着しないとは限らない。

世界を見渡せば、/n/で始まる言葉を持つ言語は結構あるようだ。昔の教え子に"Ng"という名前のベトナム人学生がいた。最初の授業で出欠を確認している時、どう発音していいのか困って、まるで首を絞められたような情けない声を喉の奥から絞り出したのを覚えている。

そういえば、「ん」という名の居酒屋を見たことがある。また、ちょっと大げさな話をした時など、



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とピシャリとやられる。

日本語でも文頭の「ん」が広まるのは、それほど遠い将来のことではないかも知れない。


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