英語通訳の極道 Contents|<< Prev|Next >>
何も考えないで「避けられない事故」と訳してしまうことが多い。もちろん、それでも意味は通じるが、これは法律用語で「不可抗力」のことだと辞書に載っている。おやっと思った。たしかに"inevitable accident"も不可抗力の範疇に含まれるので、そう訳してもかまわないが、法律用語で「不可抗力」と言えば、すぐに思いつく単語は"inevitable accident"ではない。 辞書に載っているということで、手元にある辞書をいろいろめくってみた。研究社の和英中辞典ではたしかに、「不可抗力」の項で"inevitable accident"が出てくる。 リーダーズ・プラスには、"inevitable accident"の項目があるが、「 不可避の事故、不可避的偶発事故、災害;回避不能事故」と説明され、「不可抗力」という訳語はない。リーダーズ英和辞典およびジーニアス英和辞典には"inevitable accident"の項目がない。 そこで、専門用語辞典を調べることにした。英米法関係の用語を調べる時にもっとも信頼できる辞典は、田中英夫編集の「英米法辞典」(東京大学出版会)だ。この本は、アメリカで弁護士をしている友人や、日本の大学で法社会学を教えている友人から推薦された。この英米法辞典でも"inevitable accident"の訳語として「不可抗力」は当てられていない。 「不可抗力」を指す時、法律でよく使われる表現は、"acts of God"だ。地震や竜巻のような天災を指し、人間が原因のものは含まれない。 そのフランス語版ともいえる"force majeure"は、契約文書でよく使われる。"Acts of God"と同義に使われることもあるが、たいてい、戦争なども含めて予見または統制不可能な出来事を指し、広義の「不可抗力」を意味する。ラテン語では"vis major"というが、アメリカで実際に使用される契約書ではほとんど目にしない。 ある契約交渉に通訳として関わった時、アメリカの某有名大企業の契約書雛形が使われたが、その中に"force majeure clause"という条項があった。「不可抗力条項」と呼ばれる。 企業の契約書に詳しい在米弁護士の友人に尋ねたところ、"inevitable accident"という表現は曖昧なので契約書ではほとんど使われないと言う。 彼も薦めるFindLaw(http://www.findlaw.com/)というサイトは、アメリカの法律関係について調べる時とても役に立つのだが、そのCorporate Counsel Centerに契約書のサンプルがたくさん載っている。検索をかけたところ、"inevitable accident"という表現を含む契約書はふたつしかヒットしなかった。 だった。
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