英語通訳の極道
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2003年06月02日(月) 不可抗力


ある翻訳者のコラムで気になることがあって、いろいろと調べてみた。

このコラムの展開は、ちょっと蘊蓄を語ったあと誤訳を指摘して締めくくるというパターンが多いのだが、面白い発見に出会うこともあり、私は毎週読んでいる。

最近のコラムで、2つ並んだ単語をバラバラに訳すのではなく、ワンセットとして解釈しなければならない組み合わせがいくつか紹介されていた。

その一つが、"inevitable accident"。作者の説明では、

何も考えないで「避けられない事故」と訳してしまうことが多い。もちろん、それでも意味は通じるが、これは法律用語で「不可抗力」のことだと辞書に載っている。
おやっと思った。たしかに"inevitable accident"も不可抗力の範疇に含まれるので、そう訳してもかまわないが、法律用語で「不可抗力」と言えば、すぐに思いつく単語は"inevitable accident"ではない。

辞書に載っているということで、手元にある辞書をいろいろめくってみた。研究社の和英中辞典ではたしかに、「不可抗力」の項で"inevitable accident"が出てくる。

リーダーズ・プラスには、"inevitable accident"の項目があるが、「 不可避の事故、不可避的偶発事故、災害;回避不能事故」と説明され、「不可抗力」という訳語はない。リーダーズ英和辞典およびジーニアス英和辞典には"inevitable accident"の項目がない。

そこで、専門用語辞典を調べることにした。英米法関係の用語を調べる時にもっとも信頼できる辞典は、田中英夫編集の「英米法辞典」(東京大学出版会)だ。この本は、アメリカで弁護士をしている友人や、日本の大学で法社会学を教えている友人から推薦された。この英米法辞典でも"inevitable accident"の訳語として「不可抗力」は当てられていない。

「不可抗力」を指す時、法律でよく使われる表現は、"acts of God"だ。地震や竜巻のような天災を指し、人間が原因のものは含まれない。

そのフランス語版ともいえる"force majeure"は、契約文書でよく使われる。"Acts of God"と同義に使われることもあるが、たいてい、戦争なども含めて予見または統制不可能な出来事を指し、広義の「不可抗力」を意味する。ラテン語では"vis major"というが、アメリカで実際に使用される契約書ではほとんど目にしない。

ある契約交渉に通訳として関わった時、アメリカの某有名大企業の契約書雛形が使われたが、その中に"force majeure clause"という条項があった。「不可抗力条項」と呼ばれる。

企業の契約書に詳しい在米弁護士の友人に尋ねたところ、"inevitable accident"という表現は曖昧なので契約書ではほとんど使われないと言う。

彼も薦めるFindLaw(http://www.findlaw.com/)というサイトは、アメリカの法律関係について調べる時とても役に立つのだが、そのCorporate Counsel Centerに契約書のサンプルがたくさん載っている。検索をかけたところ、"inevitable accident"という表現を含む契約書はふたつしかヒットしなかった。



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だった。


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