英語通訳の極道
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2003年05月22日(木) |
情報の共有と通訳者の協力関係 |
イラク戦争が始まったばかりの頃、"War in Iraq Glossary"というイラク戦争関連用語集を作成しウェブで公開していたが、これが思わぬところで活用されることになった。
数日前に発売された雑誌"CNN English Express"6月増刊号「イラク戦争スペシャル」。そこに掲載された軍事用語辞典作成の参考資料として使っていただいたのだ。
少しでも何かの役に立ちたいという思いで細々と徹夜を重ねてまとめた資料が、こういう形で幅広く利用されることは望外の喜びである。
専門用語集というのは、通訳者および翻訳者にとってなくてはならないものだ。基礎的な用語や表現は辞書・事典・専門用語辞典で調べがつくが、もっと詳細で最新の用語や言い回しは、通訳・翻訳者自ら情報を収集するしかない。
こういう用語集が、もしウェブなどの形で公開されていれば多くの人の役に立つだろうし、個々人が重複して労力をかける無駄もなくなるのだが、実際には公開されているものはあまり多くない。
一部有料のものは存在する。ある通訳養成学校では、時事用語を簡単にまとめた冊子を二千円くらいで販売していた。しかし、購読者数も限られているし、印刷・製本・在庫などの経費を考えると、一体どれだけの利益が出るのだろう?
専門の情報やノウハウに対して相応の対価を求めるのは当然だが、用語集などはコンピュータのOSのようなもので、お互いが無料で公開しあって、誰でもがアクセスできるデータベースを構築できれば、現場の通訳・翻訳者への貢献は計り知れない。
そうした意味で、放送通訳者の水野的氏が、ご自身のウェブサイトで多くのノウハウや文献情報に加え用語集を惜しげもなく公開されているのは、とても素晴らしい。
通訳者の多くは、仲間内での個人的な情報交換をのぞけば、情報の共有があまり得意でないようだ。翻訳者に比べて、コンピュータやネットワークを始めとした道具類を使いこなしている人が少ない。ほとんどの人はそういう情報化対応の遅れもあって、情報を共有したくてもどうしていいか分からないという状態なのだろう。
しかし、一部には意識的に情報を自分だけで独り占めしてしまう人たちもいるらしい。社内通訳やプロジェクト通訳として新規採用された通訳者から、社内には大量の知識・用語の蓄積があるはずなのに、古参通訳者が知らん顔をして何も教えてくれなかったという嘆きを何度も聞いた。
通訳の職場は能力主義。一般の会社員に比べると報酬格差が大きいのでそれなりの競争原理が働き、少しでも自分のポジションを上げようと努力するのは当然だ。
料理の世界でも、秘伝の味を教えない達人とそれを何とか盗み取ろうとする新人との凄まじい闘いというような話をテレビ番組で見たが、裏を返せば、腕一本で生きている職人にとっては、長年の血と汗と涙の結晶である技とノウハウは自分の存在そのものであり、簡単に他人に教えられるものではないということなのだろう。
しかし、通訳・翻訳の世界では、内輪の競争だけに汲々としている余裕などないのではないか。情報が日々刻々新しくなり、常にアウトプットの質向上を求められる厳しい現実がある。通訳・翻訳者全体が協力し合ってレベルアップを図り、全体の地位・評価を上げることの方が重要ではないだろうか。
他人の行動を変えることは簡単ではないが、私自身は情報をすべて公開・共有していきたいと考えている。全国の通訳者や翻訳者・語学学習者の役に立てるなら、イラク戦争の用語集だけではなくその他の分野についての用語も、役に立つノウハウも、あらゆる情報を共有していきたい。そうすれば、他の人たちも私の知らないことをいっぱい教えてくれるだろう。その結果、日本中で通訳・翻訳の質がさらに向上すれば、こんなに素晴らしいことはないではないか。
事ある毎に自分の無知さ加減を痛感し、習うべきことが増え続けて溺れそうになっている毎日。小さな競争に勝つために情報を独占しているヒマはない。
危険性はいつもそこにある。
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