英語通訳の極道
Contents<< PrevNext >>


2003年04月06日(日) 通訳者も使える「やさしいビジネス英語」

以前このコラムで、杉田敏氏のNHKラジオ講座「やさしいビジネス英語」を絶賛した。

忙しいビジネス人が、仕事で必要な英語習得を目指して、毎日15〜30分続けるのに最適な教材だと説明した。

しかし、さすがにプロの通訳者となると、この程度の内容はほぼ100%分かるはずで、新しい知識を得るための教材にはならない。

ところが、通訳の練習用にもこれが結構役に立つ。練習というよりウォームアップといったほうが良いかもしれない。

私は、以前ある会社で通訳者として働いている頃、MD録音した「やさビジ」を毎朝通勤電車の中で聞いていた。

いや、ただ聞いているだけではない。まだ目が覚めやらぬ頭と耳と口をほぐし、朝早くから始まる会議に備えるため、通訳のウォームアップをしていたのだ。

リテンション、リプロダクション、シャドーイング、同時通訳、日英・英日の切り替え、日本語・英語の発音練習、このすべての要素が20分間の放送で練習できた。

電車に乗っている時間もちょうど20分あまり。電車から降りてオフィスに向かう時には、頭は適度な緊張感でフル回転をはじめ、耳・口のスピード感も乗っている。一気に戦闘モードに入っていく準備ができた。

練習の具体的な方法は簡単だ。MDウォークマンを聞きながら、もちろんテキストは見ない。買う必要もない。まず、"Sentences"でリピート練習。一文を正確にリテンションして丁寧にリプロダクションすることで、脳に集中を強いる。次に、「聞き取りのポイント」の質問文をシャドーイングすることで、聞きながら話す感覚を思い出す。

そして、一回目のビニェットを同時通訳する。これが練習のヤマ場だ。以前は放送時間も20分で、最初に前日の復習ビニェットがあったので、多少余裕を持って同通のエンジンをかけることができたが、2002/03年度は15分に短縮され復習もなくなった。やや物足りなくて、残念だ。

聞いているだけだとやさしいビニェットの内容も、同時通訳すると結構スピードがある。固有名詞、数字などが続く時もあり、決してやさしくはない。

実際私は、ビジネス通訳者として十分な能力はと聞かれると、この「やさしいビジネス英語」のビニェットを初めて聞いて同通できること、というのを凡その指針としてきた。多少細かいところは落としながらも、この内容を正確に同通できれば、ビジネス現場で通訳する基本的スキルはできている。あとは、知識と経験の問題だ。

さて、そのビニェットの同通だが、非常に上手くいって今日は調子がいいと思うときもあれば、たまには、上手く日本語が出てこなくてボロボロ落とすこともある。そういう時は、ビニェットをもう一度巻き戻して、今後はシャドーイングをしながら音を聞くことに集中する。

同通の練習に問題がなければ、シャドーイングは飛ばして、説明を聞く。この時もただ黙って聞いていては練習にならない。日本語の説明も英語の説明もシャドーイングする。口の筋肉のウォームアップ、日本語と英語の切り替えの練習ができる。

2回目のビニェットも同通練習。ここでは、聞きやすい表現、流れるような訳出、正確な発音のための口の形に気をつける。

あとは、"Daily Exercises"を普通にやって、杉田さんお得意の"Quote...Unqoute"を聞いたあと深呼吸すると、戦闘準備万端だ。

さて、そのようにして毎朝通勤電車で周りの人に怪しまれながら、ぼそぼそ小声でウォームアップに使った「ビジネス英語(英会話)」だが、ここ一年ばかりは、電車の中ではなく、健康のためのウォーキングもかねて、歩きながら聞くことも多い。その時は1〜2時間、近くの河原沿いを歩きながら、数日分から一週間分を連続して聞く。これがまた集中力を持続する練習になる。

人間は、じっと座っているよりも少し体を動かしているほうが、脳の働きが活発になり、頭の回転もよくなればアイデアも浮かんでくる。歩きながらの練習に慣れると、外の空気も気持ちよくて、家でじっと座って聞く気にならない。

私は、ただ歩くだけではなく、走りながら聞くときもある。最大限の集中力を必要とする同通練習の時はさすがに無理だが、ビニェットや説明はジョギングしながらシャドーイングする。これがいい練習になる。

何故なら、実際のビジネスの現場では、雑音もあれば、音の反響がひどい部屋での通訳もある。音が聞き取れない電話・TV会議もあれば、何人もが発言して混乱することもある。理想的とは程遠い状況で通訳することが多い。走りながら、酸素が欠乏して集中力も途切れそうになりながらの練習は、悪環境でも頑張って、何とか集中力を維持して通訳をやり遂げるという「根性」を鍛えるのに役に立つ。あまりうれしい根性ではないが。

さて、これほど素晴らしい杉田敏氏の「やさしいビジネス英語(ビジネス英会話)」だが、先週限りで終了になった。明日(月曜日)からは、新しい講師による新しい講座が始まる。今後も、杉田氏が築かれた"legacy"が、受け継がれていくことを期待したい。

一方で私は、1999年以来の放送をすべてMDに録音してある。ここ一年以上はパソコンで録音し、デジタルデータとして保存してある。

ということで、しばらくは朝のウォーミングアップに困らない。また、いつか杉田敏氏が復活されるまでは、古い教材をもう一度味わって見るのも悪くない。


Taro Who? |MAIL

My追加